舞い散る日々のなかで踊れ

二次元とジャニーズを主食に生きてる。

担当というものを持つことをやめる選択。

もしも人生に「精算」というものが必要だったとして、仮にそれが今のわたしの人生に起こっているとして、自らも7月にそれを書いていて、それを占いにも指摘されて驚いていたとしても、こういうかたちで為されるとは思いもよらなかった。

べつに精算しようとして無理にしたわけでもなければ、占いに感化されたわけでもなく、ごく自然な流れであることは疑いようもないけれど、ここ数年、揺らがなかったものが根底から覆るような事態に、わたし自身がついていけない。だって2ヶ月くらい前まで重々しくしてたじゃーん、っていう。

そもそも「担当」という概念は、ジャニーズの世界に飛び込んだころからずっとどういうものか向き合ってきて、やたら重苦しく考えたりもしたし、いや、単純に一番好きなひとのことを指せばいいのでは?と思ったりもした。理解できたような気がした瞬間は確かにあったし、だけどそれがまったくわからなくなる日もあって結局、概念でしかないそれに答は出ないままだし、確かさと不確かさのあいだを揺らいでは着地することなくずっとわたしの中で宙ぶらりんになったまま掴めずにいる。担当ってなんだろう。誰担か、ということを定義しようとするとこんなにしんどいのはなんでなんだろう。担当だからこうでなきゃとか担当だからこう思わなきゃ、とかべつにそんなことしなくてもいいんだろうけど、わたしの性格上なのかなんなのか、そうしなきゃいけない気になって、いつのまにか自分で勝手に身動きとれなくなっていた。それだけはわかる。自由にすきでいたいのに拗らせためんどくせえ。

ジャニーズを好きな世界に身を置く以上、担当を是が非でも決めなきゃならないと言うなら、あくまで藤ヶ谷担を名乗り続けるのかもしれないけれど、それも失礼なはなしなのかな、とも思うし、たぶん今のわたしはキスマイ担を名乗るほどの者じゃない。ファンであることは確実だとしても。じゃあグループとしてはどこ担なの?と訊かれても答えに窮する。降りるグループもない、かといってジャニーズは大好きなままなのであがることもできない、どうすればいいわけ!?と自問自答した結果、担当を持たない、という選択肢もあるという結論に至った。

藤ヶ谷くんが大切にするKis-My-Ft2というグループをいちばんに愛したいよ。気持ちの上ではね。でも今はたぶんちがうかなって。なにが、と言えば、うーん。ひとつだけ明確なことはあるけれど、それがすべてとは言えない。だけどきっとこれはわたしの問題でそれのせいではないんだろうけどね。いや、そもそもなにかのせいにするのは良くない。なにも誰も悪いわけじゃないからやっぱりわたし自身の変化としか。

だけど、たとえばもしもこの先、わたしがキスマイのライブに行ったとして(ファンクラブやめるつもりはない)担当でもないのに当選してなんやこいつ、って思う人がいるかもしれないけれど、おそらくこれからも通いはしないだろうが当選できれば行く。シングルやアルバムを買って聴くだろうし、何か書くかもしれない。ただ、なんというか、担当としての視座ではなく、フラットな地平からキスマイというものを一度冷静に眺めてみたい。

とはいえ結局のところ、ジャニーズを愛している地平なので果たしてフラットであるのかはいささか疑問でもある。なんというか誰、とかではなく、もはやエンタメの一大ジャンルとして定義してもなんら問題なかろう「ジャニーズ」を担当していたい(ただのDD)。ジャニーズはすごい。いろいろなかたちがあってそれぞれの表現がある。その魔力からは抜け出せないままだ。

だけどもう気分でいいかな。わたしに今響くもの。わたしの人生に今必要なもの。それをそのときに選びたい。なんかもうロックがすきで、今はこのバンドの音楽がわたしの背骨です、だけれどもとりあえずまずなによりロックがすきなんです、みたいなかんじで、ジャニーズがすきでもいいんじゃないかなって。ミーハーかよ、とかお前誰担?とか自問自答は続くけれど、なにか、こう、自分を縛り続けるのに疲れた。潔く、所謂オンリー担としてキスマイを身体に落とし込むことはできない。だってべつに藤ヶ谷くんだけがすきなわけじゃなくて、藤ヶ谷くんにしか興味ないわけじゃないんだよなー。ややこしくて難しい。そうしてるのも自分なんだけど。いちいちそうやって重々しくなることもなんだかな。たかが趣味なのにね。

わたし自身が夏のある日を境にとつぜん重さがなくなって、なんなら今、軽くてどこへでも走り出せそうなので、逆に引っ張られるもの、なにか鬱々と考えてしまいがちなものをちょっと置いていきたいかなとかそういう。

たとえば生きるスピード、心のチューニング。わたしなりのそれらがあって、それがばしりとはまっていたり、合わさる瞬間やそのとき、に吹く追い風、みたいなものを体感するのが一番シンプルだなあと。ここ数年、たぶんすこしでも自分に重なったものをぜんぶ抱えて進んできたら、ずいぶん重くなってしまった気もするのでまあここで1回リセット。リセットして、フラットに眺めてまたキスマイに出会えたら、そのときはもう一度担当って言うかもしれない。

 とかいって来月や年末にそう言ってたら笑えるんだけどね。だけどそれならそれでまた新しく。