舞い散る日々のなかで踊れ

二次元とジャニーズを主食に生きてる。

下半期にしたいいくつかのこと。

 

って決めていてもだいたい気分だとか感覚だとかそういう曖昧なものを基準に生きているからできないんだろうな、と思いつつたまには決めてもいいかもしれないという気分になって書いている。2017年も半分が過ぎた。年々時の経つスピードが早くなるっていうし実感することもあるけれど、それって自分が置いてけぼりになってるんかなーなにかこう、時代の流れのスピードみたいなものに?分刻み、いや秒刻みで刻々と変わっていく情報過多な時代とかいう大きくて視覚化できないものを体感で注視することができなくなっているような。最前線の空気を掴み続けられないような。というか一切合切頬張って飲み込んじゃうってことができなくなったのかな。わたしはですが。時代を平らげるよりも明日腰痛が爆発しないかどうかのほうが大事。

この一ヶ月、通常業務に加えて大きな仕事の準備が同時期にいくつも勃発する事態に見舞われていてもう辞表置いてふらっと明日消えようかなとか毎日思っていた。要は色々重なって忙しかったってだけなのだけれど、無理とか胸の内でつぶやきつつなんとかやってるのでまだ無理ではないんだろう。がんばろう。たまに誰かほめてーーーーーーーーがんばったねって頭撫でてよーーーーーーーーーーってひとりよがり思考になるけどまあないよね。そんなもん。ああ。で、そう。下半期。

 

人生に於いて起こる偶然だとかふいによってなにかがつながる感覚がすきだ。ぜんぜん交わらないと感じていたものがふっとどこかでつながる。たとえば今までまったく読まなかった作家(興味がない、知らないじゃなくて食わず嫌いしているような)の本が店頭で急に気になりだしてしょうがなくなって読んでみたら、それが映画になって劇伴をすきなミュージシャンが担当することになっていたとかさ。なぜだか知らないけれど急に脳内に降りてきたように「エヴァ観なきゃ。なんか絶対観なきゃいけない気がする」と啓示(と書くとなんだか危ないようにも感じるけれど)をくらって観てみたら自分の人生の分岐点になった体験を二十歳のころにして以来、なんだかそのふいの感覚というものをわたしはどこか過信している気来がある。それって偶然というより知らず知らずのうちに自分が引き寄せているのかもしれないけれど、意思を持って手を伸ばしたのか、あるいは探しだしたのかというと体感的に違う気がする。どちらにしたって結局必然であったことには変わりがないにせよ、わたしの人生とこれは無関係じゃなかったんだ、って思えるものを知っていくことがすきなのかもしれない。

むかしはもっと能動的な人間だったようにも思う。まだ知らないものや見たことのないものを探しにいこうという好奇心に満ちていた気もする。能動的であるには気力と体力と時間がある程度必要だなあと最近よく感じる。年々めんどくささが増す。わずらわしいことが増える。年齢感じるわらえない。だけど仕事の場面とかだとひそかに売上とりにいくぞとかやけにぎらついたりもするからもうね。ハングリーさをなくすとたぶん目がしぬタイプ。負けず嫌いだし。そもそもわたしという人間の造詣からしてめんどくさいから生きててごめんってなる。

さて、そんなふうに生きているのにもかかわらず下半期にしたいこと。予定のない休日はほとんど家で寝ているくらいの人間なのでいきなり「富士登山に挑戦する」とかはないし、今パッって思い浮かんでいるものはミニマムなものばかりだな。

 

1:旅行にいく。

長らく行っていない、というかそもそも連休も、シフト上の休み以外に有給だとか季節休暇だとかあるのにも関わらずとることが困難なので、どうしても、というときにしかとっていない。どうしてもっていうのはライブやコミケなんだけど近年はそれもシフトずらして日帰りしてるか遠ざかってる。ジャニーズとかコミケとかそういう目的ありきの遠征じゃなくて普通に旅がしたい。今考えているのはありきたりだけどご飯がおいしい温泉か、エステとかできるホテル。そういうのでいい。というか休みをとりたいって言えるようになりたい。

2:すきなものを減らす。

すきなものが多いことはいいことだって思っていたけれど、多すぎるのもどうかなって最近思えてならない。「すきなもの」って世界とじぶんを結びつけているもののような感覚を持っていて、それが心地よかったところもあるけれど、結ぶものが多くあるほどじぶんが希薄になっていなくなる気がするからもういいかなってものは絶対あるはずなので、もうそれらとはさよならしてぶつぶつと結び目を切っていきたい。少なくてもこれだっていう濃いもので繋がってるくらいで十分かも。これはものを減らすこととも通じていて、現在もので溢れかえっている部屋に帰ることに辟易している。なんでこんなにものって増えるんだろう(買うから)。毎年年末に「これはいらない」「これはとっておく」ってかんじでわけてけっこう捨てるんだけど、いつもより基準を厳しくして年末前に実行したい。あ、それと似たようなところで、ウォークマンの中の整理。これまで使っていたものが壊れてしまい、新しく買ったときに値段に負けてGBを減らしたら足りない足りない(バカ)たまに無性に聴きたくなることもあるだろうけれども、持ち歩く曲を厳選したい。にしても10年くらい前のわたしに今のウォークマンの中身見せたら卒倒するだろうな。増え続けるジャニーズ…ジャニーズ大好きです!それでもいつかさよならするときが来るのだろうか。

3:ファッションをすこし変える。

ものを減らす話をしておいて買う話かよ。いやもう最近「わたし今日全身GUやん」みたいなことが多くてこれはいけないな、と。仕事のときなんかはそれでもいいし、GU安いし可愛いんだけど。たぶん探すことがめんどうになっているのだと思う。この年齢にしてファッション迷子になってきた。これが着たい、あれが着たいっていう強い衝動がない。そういう意識になってしまっているところがなんかもう嫌。あたらしく着たい色を着てみる、着たことのない丈やシルエットに挑戦してみる、みたいなすこしの変革を起こしたい。きれいな色の靴と色石のアクセサリーは探そうと思っている。

 4:ただしく泣く。

たまにエモーショナルすぎて(ライブ中など)泣くことはあっても、なんだろう、月並みに言うとつらいときやきついときに泣けなくなった。おとなだし泣かないほうがいいに決まっているのかもしれないけれど、もっと若いころはひとりで泣いてすっきりしてリセットする方法があったのに、最近鼻の奥がつんとしてもそのまま飲み込んでしまうことが増えた。だからそういうときにまっすぐ刺さってくるものがあってもそれにすらも素直に泣けずに飲み込んでしまっている。我慢できるようになったのかもしれないしむかしよりも鈍感になれたのかもしれないから悪いことではないのかもしれないしいい歳なんだからそらそうだよね、とも思うけれどじぶんひとりしかいないときにそうなってしまうのもなんだかなあとも感じる。じぶんにだけはもう少しそういうところを解放してもいいじゃない。うん。素直になるって永遠の命題。

 

こんなところかな。思いつくのは瞬間的だったけど並べてみると意外にない。書いて下書きに入れてまた呼び出してって書いていく途中で「いや、やっぱりそれはどうでもいいな」ってなったりwそうやっていたらちょうど七夕っていうタイムリーな日、この内容なら今日しかないだろ、って感じたのでこれでいいや。たくさんあると結局なにもできなかった…って落ち込みそうだからちょうどいいかも。流動的に日々変わってもいきそうだけど、旅行はほんと叶えたい。去年から決めている貯金をするのと肌を大切にするっていうのは継続で。

 

 あ、そうそう、関ジャニ∞の「ジャム」買いました。タイトでスマートな仕上がりなんだけど、最後まで濃く煮詰まっていて徹頭徹尾シビアなアルバム。楽しいんだけど、容赦がない。この切実さは、うーんなんだろうな。再生するたびにその瞬間から流れ落ちてしまうような、過ぎ去っていってしまうような…でも再生するごとに鮮度あるみたいな。突き抜けるところは突き抜けるのに突き抜けちゃいけないところは絶対突き抜けないバランスもすごいな。そもそもとりどりすぎてどの曲が好き、ってむずかしいけどやっぱり「今」かなあ。歌詞もいいけどとにかくアレンジが至高すぎる。菅野よう子さま!あとそれぞれの盤にしか収録されてない曲も良かったです。「ノスタルジア」にはトレンド満載感にびっくりですし「Traffic」のカッティングと歌詞ほんと好きです。

映像特典はエイターさん向きコンテンツっぽいからどうかな?とは思ったけど撮り合いメイキングにはしぬほど笑わせてもらいました。めっちゃ元気出たわ。錦戸くんかわいそかわいすぎない?フトコロノカタナは、そうだなあ、地上波のテレビを観ているだけでは知りえなかったそれぞれの人となりをすこし垣間見ることができたというかんじでしょうか。村上くんはやっぱりすごいんだ。いや語彙力、って話だけど、なんだろう、もうこのひとすごい、としか言えない。それと、わたしもじぶんの戦うべき場所で最前線に立っていたいとか思う人間なので、はっとする瞬間もあった。出会い頭の衝突みたいな共感。こういう力のもらい方、というか、思わぬところから今この時期に救いの手のようなものがあることもある。これもある意味ふいであり必要なできごとだったのかもしれない。