舞い散る日々のなかで踊れ

二次元とジャニーズを主食に生きてる。

おたく的備忘録②ジャニ活まとめ2017

今年、ジャニーズに割いた時間が多かったのか少なかったのか1年経ってみるとよくわからないけれど、いまのわたしの人生を構成しているものの一部に確かに「ジャニーズ」というものがあって、異質だったそれはいつのまにかとても馴染んで当然になっている。そして年々過ぎるのが早くなる1年を右往左往しているうちに、わたしは無意識的にジャニヲタ歴を更新していく。そろそろ5年くらいになるので飽和してくる可能性もあるはずだが、気配もなく今年の12月も年末の歌番組観て紅白観てカウコン観ているのだろうし、来年も新しくリリースされるものやコンサートを心待ちにしながら日々の仕事をこなす自分が想像できる。まあキスマイとかツアーあるのかはわからないけど…

たまにふと「どうしてジャニーズが好きなんだろう」と浮かぶときがある。そんな意味のないこと考えても答えは出ないから、たいていうやむやにしてわたしはまたあの世界に飛び込んでいく。たぶん理由なんてそれほど重要じゃない。このあいだ休憩中に、更新されていたクリスマス&新年のメッセージを顔を浮かべながら上から順番に見て「ジャニーズって控えめに言って最高じゃない?」とか思っていた。おたくちょろい。ひとつのメッセージをとっても個々が垣間見えたし、それぞれが個性的でジャニーズって奇跡の集合体だな?とか考えてた。

それはさておき、まず2017年の楽曲ベスト3から。

 

■2017年の楽曲ベスト3■

赤い果実/Kis-My-Ft2

赤い果実(DVD付)(初回生産限定盤A)

赤い果実(DVD付)(初回生産限定盤A)

 

 今年のキスマイのシングルはわりとどれも好きな路線ではあったんだけど、「赤い果実」に関しては2017年わたしチャートにて2017年末ギリギリに初登場1位に躍り出た。自分みたいなファンにとってはけっこう力技的でもっていかれた印象。とくにサビのメロディとフレーズが素晴らしい。これはわたしの、所謂萌え属性的なもののせいもあるのかもしれない。

赤い果実が成る丘に 今 駆け上がろう

とか言われたら手を取り合って(とは言ってない)駆け上がりたいし、

届きそうで 届かない未来は 僕が取ってあげる いいだろう?

いいに決まってる(むせび泣き)。ってなる。

まじめな話、前々回に今の自分はキスマイ担とは自信を持って言えないから担当を持たないこともひとつの選択肢じゃないかというようなブログを書いたわたしが言うのもどうなのか?とも感じるけれど、キスマイって今年はなかなか厳しかったんじゃないかな、と。で、そういう状況でも「届きそうで 届かない未来は僕が取ってあげる」っていうのはなんだろう、いつもみたいにしんどい、って言葉でまとめるのは簡単だけど、そうじゃなくて、「ベストヒット歌謡祭」ではじめてちゃんと歌詞を見て、もうなんて言ったらいいかわからなかったし、2番とラストのサビに出てくる

僕の心には君が必要だ

 このフレーズには言葉を失った。重すぎる。これまでのシングル曲においてここまで”今キスマイがこの曲を歌う意味”を感じたことはなかったかもしれない。これはあくまで個人的な解釈なのであしからず。つーかこうやって勝手に意味を見出だしたり、解釈沼にはまったりしてまた重くなるのを本当はやめたいんだよ!!

にしても、こういう毒っ気が効いた曲はこれまであまりなかったのでは?らしいんだけど新しい、みたいなかんじ。おたく的にいえば「ベストヒット歌謡祭」のときの藤ヶ谷くんの最後のキメ顔も、前髪で目が隠れがちアンニュイなMステの藤ヶ谷くんにも心から震えました。くっそ、やっぱかっこいいな。

それと初回限定盤Bのゆるスポーツ選手権は最高です。とくに玉森くんが。

中越しのチャンス/亀と山P

背中越しのチャンス(通常盤)

背中越しのチャンス(通常盤)

 

 修二と彰のときはおたくではなかった。その12年後にまさかテレビを視ながら「かわいい;;;;」を連発していることになるとは…人生ってこわい。

まず亀と山Pっていうユニット名がパワーワードすぎるし、CDの売上市場に違いはあるにせよ12年前も今も1曲を一発で最前線にぶちあげられるこのふたりが純粋にすごいと思う。ふたりのユニットの復活は2017年のジャニーズの重大トピックの中に間違いなく入るという側面からもこの曲は絶対に外せない。にしてもこの曲の歌っている番組の録画を観るとだいたい「かわいい」しか出てこなくて困る。IQ溶けてる。

「は~~~かわいい~~~かわいいよ~~~」言いながら毎度振り踊ってしまうわたしはきもみしかない。

Tokyo holic/関ジャニ∞

なぐりガキBEAT(通常盤)

なぐりガキBEAT(通常盤)

 

 「関ジャニ‘sエイターテイメント」のBDを観た感想の記事に書いたので詳細は割愛するけど、主にテレビというメディアにおいての関ジャニ∞のイメージを色濃く受け取っていたわたしに、それだけではない彼らの魅力やすごさを知るきっかけを与えてくれた楽曲。あと今年、世間におけるジャニーズアイコンとしては、関ジャニ∞が無双していた1年だったように感じる。

ほかにはV6先輩の「Can`t Get Enough」やKinki先輩の「The Red Light」もむちゃくちゃかっこよくてすき。

 ■2017年ベストアルバム■

▽ジャム/関ジャニ∞

ジャム(通常盤)

ジャム(通常盤)

 

 この1枚だけでしんどかった夏を越えた。ぶっちゃけこれなかったら今いたかなってくらい。たぶんジャニーズ外のアルバムいれてもやっぱり今年のベストアルバムに選出するかなあ。色々なアーティストからの提供曲とかメンバー作による楽曲とか収録順とかそういう技巧的な面でも高い完成度だと思うけれど、自分にとってはそれ以上に重要な意味を持ったアルバムだったし、この1枚にたしかに救われた日々があった。どうしてこのアルバムだったのかは今となっては理由も定かではないけれど、音楽ってそういうものだよなって思う。

 ■現場まとめ■

▽5月21日:Kis-My-Fts LIVE TOUR 2017 MUSIC COLOSSEUM@静岡エコパアリーナ二部

大混乱、大騒動のまま(いろいろな意味で)突入した今年のキスマイのツアー。倍率高いツアーだったのに盛大にディスなブログ書いてごめん。「愛ゆえ」にが強すぎた。このツアーは回を重ねるごとにいろいろと変更点が出ていたようなので、最終的にどんなかたちになったのかは来年のDVDで確認しようと思う。ただひとつ今も思うのは、キスマイはやっぱりドームが似合うよ。

▽8月5日:関ジャニ'sエイターテインメントジャム@ナゴヤドーム

ご縁あって参戦できることに。はじめての関ジャニ∞、凄まじかったです。バンドすげーなんじゃこのグルーヴ感ジャニーズって一瞬忘れたわやばいーからのアイドルかわいーしんどいーさすがジャニーズってかんじ。語彙力持たないおとなでごめん。「生きろ」泣いた…景色が開けていくように広がる声に細やかに感情が乗って振動して、スタンド後方までまっすぐに差す光みたいに届いた。あの不思議な感覚はちょっとなかなかない経験かもしれない。

▽10月13日:KAT-TUN KAZUYA KAMEMASHI CONCERT TOUR 2017 The ー〜follow me〜@静岡市民文化会館

さすが亀梨和也…KAZUYA KAMEMASHI…濃密な二時間。徹頭徹尾プロすぎて度肝抜かれた。一分の隙もない完璧なパフォーマンス、ステージングってああいうことを言うんだなと。MCや映像演出のときには客席に話しかけたり、ステージに寝っころがって一緒に映像観ていたりしてナチュラルなんだけれど、そういうものも含めてその日にしかありえない一公演としてきっちり完結している。だから終演後これ以上ないくらいに充足感に満ちた。亀梨くんはすべての公演で毎度全員を幸せにしているのだろうなあ。

▽11月21日:中丸君の楽しい時間2@梅田芸術劇場 シアタードラマシティ

 中丸くんの頭の中をそのまま再現したような舞台、という印象を受けた。他人の脳内は計り知れないけれど、ここは彼の思考や感覚が実に縦横無尽に忙しなく動いているのを垣間見ることのできる場所、のような、自由度の高いアーティスティックな面と緻密に計算されて理論的に繰り出される表現が混在しているような興味深い空間、時間。コンセプトは「自分が楽しいと思うことをひたすらやる」だそうだけど、それを実現しつつ細部まで考え尽くされているエンタメだと思った。パンフレットも抽象的だったり具体的だったりするイラストや写真表現、技法を使ったり、新川さんのイラスト等中丸くんのやりたいこと楽しいこと嬉しいことを盛り込みつつ、ファンの見たい聞きたい知りたい需要に応えきっているような内容に、感覚と計算がすごいバランスで成り立っている人なのかな、と感じた。

以上、現場は4回。キスマイに何度か入っていたことを考えると例年より少なめかもしれないけれど、今年は新しいものをいろいろ観ることができて楽しかった。地元よりも遠征が多かったなあ。車でなんなく静岡に行けるようになったし、はじめて「さわやか」のハンバーグも食べた。よく名前は聞いてたけど、あんなに街の中に点在する店だったなんて…(笑)ナゴヤドームはちょうど夏休みがとれて連休だったのもあって、前日の夜にグッズだけ買いに行ったりもして、あの日のあの奇妙な熱をもったテンションはきっとあの夏の日にしかなかったものなんだろうと今思ったり。こうしてひとつの事柄からできごとが幾重にも結びついていくのはやっぱりおもしろい。ジャニーズすきじゃなくても、関係ないところでもそういうことはもちろんあるんだけど、すきになったからこそ味わえてるものもあるって考えるとなんか楽しい。こうなっていなかった道を知ることはできなくて、こうなった自分しかわからないまま積み重ねていく人生の妙っていうか。や、なんかそんな壮大な話じゃなくていいんだけど「とりこぼしたくない」って感覚は年々強くなってる気がする。拾えるものぜんぶ拾ってわたしの人生って言いたいっていうか。いちいち大げさ。

来年はどんなことが起きてどんなことが待っているのかはわからないけれど、とりあえずわたしは「ジャニーズ」という楽しむ武器を持って2018年に突入していくのだな、とは思っている。がんばりたいことがたくさんあったし、これからもある。それに邁進しようとするとき、胸のどこかで力や癒し、ときめきをくれるジャニーズの皆さん!いつもありがとう!来年もよろしくお願いします!

 

 

 

 

おたく的備忘録①フェイバリットマンガオブザイヤー2017

すこし早いけれど、わたしの今年のおたく記録。題して「このまんががすき!2017わたし編」

あいかわらず書店員をしている。去年もこのエントリーで散々書いたから割愛するけれど、今年もさらに下降を辿る出版業界…でもいい作品はいろいろあったよ!ってことで今年も書いている。流行だとかおすすめだとかっていうより、個人的な嗜好に基づいて感想を思いつくままに述べる。

仕事がしんどい、逃げたいなどと毎度のたまわってネガティブをブログ上に吐き出しているだめな奴だけれど、書籍やコミックから逃げたいと思ったことはないし、嫌いになったこともない。なにがいけないか、なにが悪いかっていうのはわかっているんだけど、それを書きだすと自分への呪詛がすごいことになると安易に想像できたのでやめよう☆ただ、ひとつだけ言えることは、今年を振り返って「この時期がしんどかった」とかはあっても、どういう日々だったかほとんど忘れている。これが成長できない原因だなって呆れるけれど、逆になんとか前進できる要因でもある。

万一書店員をやってみたい方が読んでいたとして「しんどいんだ…逃げたくなるくらいなんだ…」って引いていたとしたら、それはちがうよ!本が好きなら楽しいと思う!ま、労働と対価とかそういう話には責任持てないけど…w

ふぇえ…おちんぎんもっとほしいよお…

毎度のごとく順位とかはなくジャンルごとに羅列。ジャンルはざっくり掲載誌に準拠しています。あと最後のほうにちょろっとアニメのことも書いています。

 少年マンガ

 憂国のモリアーティ【~4巻】

憂国のモリアーティ 1 (ジャンプコミックス)

憂国のモリアーティ 1 (ジャンプコミックス)

 

 作者にコナン・ドイルってあるとおり、「シャーロック・ホームズ」に出てくるらしいホームズの宿敵モリアーティ教授(知らなかった)を主人公にした作品。絵がきれいだったのと、裏のあらすじを読んでおもしろそうだったので3巻発売時にまとめて購入。舞台としては「黒執事」とおなじ1800年代後半。階級制度が敷かれた身分差の激しい大英帝国にはびこる「悪しき貴族」を排し、理想の国にするために完全犯罪を計画し遂行していくモリアーティ教授御一行。ちなみにモリアーティとその弟は貴族として生きているけれど、生い立ちとしては貴族ではないのよね。ときとして人殺しも厭わない彼らもまた「悪」でもあるけれど「正義」であることにも変わりがない。ダーティヒーローっていうのは、こう…その…だいたい最終的な局面でどうなるかっていうのがわりと想像できるので肩入れするとわりときついかなって…オルフェンズ*1で学んだ!でもこういう雰囲気やにおいすき…ホームズ通ってきてないからモリアーティ教授が本当のところどうなのかはわからないごめん。もちろんホームズとワトソン君も出てくる。

  ▽ROBOT×LASERBEAM【~2巻】

ROBOT×LASERBEAM 1 (ジャンプコミックス)

ROBOT×LASERBEAM 1 (ジャンプコミックス)

 

 ここ数年のわたしのど真ん中作品である「黒子のバスケ」の作者藤巻先生の新作。でもゴルフ知らない…ごめん。決まった回数よりもより少ない回数でボールをいれると良い、とかホールインワン知ってるくらいの知識…ゴルフ知らないので1巻出たときに買うか迷った。「3月のライオン」を迷ったときと同じ現象…個人的な傾向として、作家買いをしたくともどちらかと言えば内容を重視してしまうので、全然詳しくない分野だと読みこなせるかな…と考えてしまうところもある。が、読ませる展開はきちんとあるし、キャラメイクもあいかわらずいいなあと思いながら今のところは楽しんで読んでいる。三浦鷹山というライバルポジションのキャラは初見で「あおm…」ってなったけど。ただ、どうだろう。ゴルフダイジェストで連載中の「オーイ!とんぼ」や、青年誌の作品とはちがい、まったく存在しないわけじゃないけれど少年誌でゴルフというのはいささか…ってかんじもするし、能力系だとすると黒バスの焼き直しにもなりかねない厳しさはありそう。キャラありきだと女性には人気でやすいけどね…本誌を読んでいないので先行きがわからないけれど、コミックスは売れているほうだとは思う。12月に新刊でるよ!

 ▽ランウェイで笑って【~2巻】 

ランウェイで笑って(1) (週刊少年マガジンコミックス)

ランウェイで笑って(1) (週刊少年マガジンコミックス)

 

 158㎝だけどパリコレを目指すモデル志望の女の子と、デザイナーになりたいけれど家庭の事情でその夢をしまおうとしていた男の子が、全力で駆けだす物語。努力でどうにもならない部分があること、才能が現実に押し流されてしまうこと、人生にはそうやって選択できないことが往々にしてある。無理、無謀、現実を見ろなんて世の中にあふれているし、実際だいたいが悲しいかなそういうものなのだけれど、それでも全力で走るひとがすきだ。マンガ的?そうかもしれない。現実にはありえないかもしれない。少年マンガだから逆転があるかもなんてたしかにマンガでしか為せない。だけど現実的に無理だから、と走り出す前から足を止めたら「かも」にさえ辿りつけない。逆転があってもいいと思う、それはマンガだから。だけどなにより、結果がどうであれ、その力強い可能性の連鎖がみたいんだわたしは。

もしかしたら、それを見ているまわりのひとはしんどいかも。でもそういうふうに生きてきた、と言い切ることができるひとをわたしは愛しく思う。

スタート地点に持っていくまでの不可能を可能にしたからといって成功するかはまたべつの話なのだろうけれど。

 表紙がほんとうにきれい。これから作中に登場するであろうコレクションで発表される服も楽しみ。

  舞妓さんちのまかないさん【~3巻】

 去年の暮れ、キスマイが表紙を飾ったので購入したサンデーに第1回が掲載されていた。気に入って続きが気になっていたので購入してみたらやっぱりすきだった。舞妓さんになりたくて京都へ来て置屋に入ったものの、才能の面から舞妓にはなれないと言われたキヨちゃんがひょんなことからそこでまかないさんとして働いて、舞妓さんたちのごはんを作っている。やっぱりごはんはいい。ごはんを通して描かれる日々の営みはたいせつ。舞妓さん(花街では舞妓ちゃんと呼ぶみたい)もふつうの女の子だったり、あまり知ることのできない花街のちょっとした情報がわかるのもおもしろい。まえにおもしろそうだなあと眺めていた「ちろり」の作者さんってあとから知って、がぜんそちらも読む気になっている。

青年・一般マンガ編

  ▽とんがり帽子のアトリエ【~2巻】

 最高。順位がないと言いつつ「わたし編」第一位かも。「俺TUEEEEEEE」な転生とか、オンラインゲームを主軸としたファンタジーが流行していた昨今に於いて、それらとは一線を画す超正統派のファンタジー。魔法が人々の生活に根付いている世界で、魔法に憧れる主人公ココはふつうの女の子なので魔法使いにはなれない。だけどたまたま魔法使いキーフリーの魔法のかけ方をのぞき見したことから、幼いころにお祭りで露天の魔法使いから買った道具で魔法を使えることを知る。純粋な憧憬と感動で習得をはじめるココ。けれどそれが思わぬ方向へ事態を動かし、ココはキーフリーに弟子入りすることになる…があらすじ。

某読書アプリにも書いたんだけど、まず作画がすごい!!繊細で大胆な線に愛や夢、ぬくもりが詰まっていて読んでいるとわくわくして、こどものころにそういう気持ちで読んだ絵本のことを思い出す。作中に登場する魔法の道具が素敵すぎるし、「魔法はひとびとを幸せにするもの」であるべきなのがいい。キーフリー先生の他の3人の弟子(魔法使い。みんなキャラがすてき)とともに魔法使いとして成長していく過程を描きつつ、実はココに道具を売った魔法使いはハリーポッターで言うところの「闇の魔法使い」のような存在で、ココを依り代になにかを企んでいるストーリーが並行していて、今いちばん続きが気になる作品。グルメマンガではなくごはんが美味しそうなマンガは名作、と思っているし、けっこうそう言われていると思うけれど、2巻に料理シーンが登場してとても美味しそうな料理が描かれたのでその点からしてももうまちがいない。現状でも相当売れてるけど来年もこういう質の高いマンガにはさらに注目が集まってほしい。

  ▽燕のはさみ【~1巻】

燕のはさみ 1巻 (ハルタコミックス)

燕のはさみ 1巻 (ハルタコミックス)

 

 ここに貼りつけた画像では表紙のイラストの美しい色彩が表現しきれていなくてかなしい…大正時代、モボモガが闊歩する銀座でこじんまりとした理髪店を営む父親とその娘燕のお仕事マンガ。お仕事というか理髪師は職人なので職人マンガ。まず過剰とも言える大正のモダンな文化、空気が好きなひとにはたまらん作品だと思う(わたしだ)

技術を極めるというのは職人としてなによりたいせつなことで、その腕ですべてを為し得ていくには鍛練の積み重ね、そしておそらくそれに対する「愛」「懸ける」という気持ちなんだけど、理髪師という職はなにより相手あってのこと。そこには技術だけでなく「接客術」も大事な要素だったりする。細やかな気くばりや愛嬌、会話、触れ方、雰囲気や空間づくり…顧客がなにを重視し、なにを思い店やひと(ここでは理髪師)を選ぶのかというのは現代にも通じるのでは。そしてやっぱり全力でなにかに懸けて強く進むひとがすき。ジャニヲタにもおなじみ帝国劇場(当時)が作中に登場もします。

   ▽昴とスーさん【~1巻】

昴とスーさん 1巻 (HARTA COMIX)

昴とスーさん 1巻 (HARTA COMIX)

 

 ハルタミックスばっかりでごめん。とんがり帽子の白浜先生もハルタで描かれていた方だった。ハルタは良作多いからしかたがない。表紙をみるとこどもとぼしき男の子がなんと煙草を吸っています。あれ…これすてきなオネショタっぽいけどなんで…!?と思ったのだけれど実際はすこしちがう。これはSF(すこしふしぎ)なジャンルだと思うので、ここで種あかしをしてしまうのもあれだし、気になったかたは是非読んでほしい。作中に流れている空気感の純度が高くてすごく素敵なのです…ふたりのあいだに起こっていることは非日常だけれど、その純度の中で営まれるふたりの日常がまた良い。

あ、ハルタといえばたしか来年のハクメイとミコチ」(樫木祐人のアニメ化たのしみ。

  ▽姉なるもの【~2巻】

急に異色感があるけれど、今年のわたしには私の少年」(高野ひと深/双葉社アクションコミックスの影響で人生はじめてのオネショタブームが到来。

クトゥルフ神話にも詳しくないし、だから「千の仔孕む森の黒山羊」がどういう存在なのかも知らなかったし、作者の方が即売会で頒布されていた元々の作品も存じ上げなかったです。だけど、これよく売れるなーってぱらぱら見て、良さげだったので購入。家族がいない夕くんという少年が、引き取られているおじさんの家の蔵で夏休みに表紙のお姉さん(悪魔)を召喚しちゃったら、大事なものと引き換えに望むままを与えましょう、と。それで夕くんは「僕のお姉ちゃんに、家族になってください」と願うことから入院中のおじさんの家でふたりきりの生活がはじまるわけだけれど、このお姉ちゃん(千夜と本人が命名)かわいすぎます!!!人間的な生活を人間と送り、新しい世界に目を輝かせながら夕くんを可愛がる千夜さん。ことあるごとに元の姿が出ちゃうけどそれもまたご愛嬌。夕くんのモノローグで語る部分やなぜ蔵に魔法陣があったのか、かつて同じように人間と過ごしたことがありそうな千夜さんの描写など、明かされていないことはまだあるけれど、おそらくいつかは終わりがくるであろうふたりの生活がまさに夏の儚さのようで切なくもある。

普段あまり読まない傾向の作品、レーベルなので、まさに電撃的な出会いでした♥

  ルポルタージュ【~3巻】

これはねえ、けっこうすごい作品だと思っている。

若者が恋愛をせずにマッチングサイトにおいて「人生の共同経営者」としての結婚相手を見つけることが主流になっている近未来の日本が舞台。恋愛を経ての結婚がスタンダードだと定義すると、孤独な男女が増える。恋愛というプロセスが果たして本当に良いものなのか?恋愛結婚がブームだった世代の夫婦だって不倫、不仲、DV、セックスレス…面倒や痛みをともなうそれって幸せなの?という新世代に「それなら恋愛飛ばして結婚しちゃおう」が一般化している。そんな共同経営者を見つけるための「非・恋愛コミューン」なシェアハウスでテロ(も日常化している)が起きたところから物語ははじまる。記者である主人公はその被害者たちのルポルタージュを書くための取材の中で恋に落ちる。いや、まずすごいなと思ったのは、2033年が舞台の設定なのだけれど、その頃にはまさにそんな時代になっていそうな気がすること。実際恋愛がめんどうだと思っている若者も多いのでは…

だけど恋に落ちるときというのはそういうすべての理屈を超えているので、一度はじまってしまえば止められるものでもないし、五感が震えるほどのしあわせと同時に痛みや悲しみ、自分の醜さを視ることにもなる。だけどそのぐちゃぐちゃなかんじがまさに生きているということでもある…濃く深くつながる、反発しては溶け合う、そういう生身のコミュニケーションを求めることは時代が変わっても人間が人間であるかぎり絶対になくならないし、どんなかたちにせよ、関係性を築くことでそこになにかしらの感情がごく自然に生まれてしまうことは否定できないのだ。

飛ばして結婚したけど恋人がいる、非恋愛のパートナーシップを前提としていたけど「抱きしめたい」と思う一瞬があった、そもそも恋がどんなものかわからない…いろいろなひと、いろいろな関係、いろいろな感情が出てきます。彼らの立っている時代背景もまた、このさき日本に訪れるかもしれない世相に感じて妙にリアリティがある。

  あげくの果てのカノン【~4巻】

 去年の「わたし編」第一位。SF×不倫マンガ。あらすじ含め去年も色々書いたので端的にまとめると

  • 主人公かのんは高校の時からずっと境先輩がすき
  • 境先輩は結婚している
  • 街はゼリーというエイリアンに襲われていて、境先輩はそれと戦う機関で活躍しているが、負傷するたびに「修繕」という修復によって記憶や嗜好、人格に影響が出る。
  • かのんがすきだった先輩はもうどこにもいないのにかのんは先輩がすき。じゃあすきってなんだ。どこから来るんだ。変わらない気持ちの根源はなんなのか?そもそもそんなもの存在するのか…

うーんあいかわらずぐさぐさ刺してくる。

去年以上に、この作品を読むともうなにがなんだか、どうしたらいいのかわからなくて発狂しそうになる。「すきってなに」とか「心変わり」とかそういう、答が出ないまま言葉の欠片だけが思考の海に沈みこむような問いへの誘いだけでなく、「先輩だけを追い続ける」視座で人生が進み、景色が完結していくかのんの世界に、かのんや先輩を取り巻くひとびとが映す世界が多角的に展開されることによって、その恋がいかに残酷で傲慢であるかということがありありと浮かび上がるからだ。その世界のみで閉じて生きてきたかのんがそれを垣間見てなにかを感じても、彼女はその純粋で透明な凶器であり狂気を捨てない。どうしたらいいんだわたしは。もう正直読むのしんどくなってきた。かのんの恋が近しい誰かだけではなく世界を壊していく。わかっていてもそれでもかのんはその一途な恋を捨てない。誰もが幸せでありたいと願う。誰もが好きなひとに選ばれたいと切に願う。現実がそれを許さなくても、感情は生き物だ。恋こそが人間が一番手懐けることができない感情なのだと思えてくる。

作品自体の露出(著名人のレビューなど)も多いし、米代先生も「セブンルール」に出演されていたけれど、弾けている層がかなり限定されているようなイメージなので、来年こそはもっともっと広がるといいなと願いつつ、刺さる層が鋭角なのかもしれないとも感じる。だめなひとは徹底的にだめだろうけれど、すきなひとには暴力的なまでに魅かれざるをえない作品だと思う。胸の真ん中の奥底のやわらかくて無防備で隠しておきたいところを、むきだしにしたうえでとんでもなく容赦なくぐちゃぐちゃに掴まれる気がしてもこの物語の果てを見るまで死ねないとすら思うわたしは、おそらくこの作品に憑りつかれている。とりあえず安易な実写化で消費されるなんてことにだけはなりませんように…夢でみたんだ。「あげくの果てのカノン」が実写化されるって。

  ▽もしもし、てるみです。【~1巻】

 「花のズボラ飯」の先生の新作。インスタ映えとかキラキラ女子とかそういう言葉が飛び交った2017年のネット社会に疲れてしまっているひとにぜひ。

ネットで簡単になんでもできちゃう、繋がれちゃうミライフォン(スマホのこと)に対抗して通話機能のみを搭載した携帯電話を販売する「もしもし堂」の販売員(てるみさん)、サポートセンターのおしゃべり好きなスタッフや、ユーザーを取り巻く日常まんが。ちょっとえっち♥な場面もあるけれど、時に刺さるセリフもある。

ネットは便利だしネットがないとやっぱり困るし現にわたしも今、ネット上でブログ書いてるんだけど、じぶんの頭や足で確かめなきゃいけないこともあるかもね。せっかく生きてるんだから五感をフルに活用したい所存。

 □少女マンガ編

 ▽僕のジョバンニ【~2巻】

僕のジョバンニ 1 (フラワーコミックスアルファ)

僕のジョバンニ 1 (フラワーコミックスアルファ)

 

 チェロの音っていいよね。

海のある街でチェロを弾く主人公と、海難事故によりその海辺へ流れ着いた少年。ふたりがチェリストになるまでのお話でしょうか。もしくはデュオとして。1巻時点で主人公鉄雄は小学生で、まわりにチェロを弾くような同級生はいなく、皆ゲームやらスポーツやらに勤しんでいる中、孤独に鍛練し東京のコンクールで賞をとるような少年であり、流れ着いた少年郁未(ハーフ)は投げ出された海で鉄雄のチェロの音に導かれるようにして奇跡的に浜に辿りついたという経緯がある。そんな経緯から、郁未は鉄雄の音に魅かれている。この街でひとりでチェロを弾く鉄雄の孤独に触れた郁未はあるとき、チェロを教えてくれ、と頼む。で、これがふたりの少年の今後を捻じ曲げる。音楽の才能というのはおそらく、技術だけではどうにもならないものがかならずあって、もうそれは生まれ持ったものでしかないむごさがつきまとうものでもある。かといってそれがある者がその道に進むとも限らず、関係のない場所で一生を終えることもあるだろうけれど、なんらかのトリガーによってそれが解放されたとき、それまでの環境も人間関係も根底から覆すようなつよさがあるんだろうな…圧倒的に無邪気で無慈悲な才能を前にして、じぶんが戦う武器はなにか。生きる道は。そこにたどりつくこともまた才能のひとつなのではないかと思う。そしていつかふたりの音が共鳴したとき、みたことのない世界が広がるのではないだろうか。

 

 以上12作品。若い作品を中心にしたけれど、あいかわらず続刊が良かった作品もいろいろあった!こう、並べてみるとけっこう偏っているというか、似たようなものあげている気がするな。もともとなのかもしれないし、今年の気分がこうだったのかもしれない。

いろいろなマンガが毎日毎日出るんだけど、というか出過ぎ問題なんだけども、ジャンルもレーベルも多岐に渡るなかでこうやってピンポイント的に「すきだ!」と思えるあたらしいものと出会えるのはやっぱりいいなって思います。マンガが好きなひとはたくさんいるだろうから、みなさんそれぞれがそんなふうに出会えるポイントを来年もがんばって攻めて守って作っていこうと思っている次第です。まあ電子書籍でもいいんだけどさ…でもたくさん並べられたものから手に取って眺めて吟味して…っていうのもよきかなって。

 アニメのほうは大した活動していないので時系列順にさらっとまとめると

▽1月…遅ればせながらユーリ!!! on ICEをプライムで一気観してしんどすぎてしぬ。GWごろまで解釈沼にはまりすぎて深淵をさまよう。

▽3月…機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」2期がいろいろな意味でしんどすぎてしぬ。最近ニコニコにあがっていた「異世界オルガ」*2をたまたま見てしまった。笑った。ネタ化されているけれど本当のオルガは切実なのでよくよく考えるとなんか複雑。

▽3月…「劇場版 黒子のバスケ EXTRA GAME」を観に行き、完結を突きつけられてしぬ。内容としてはコミックで読んでいるので、キセキにおける展開がしんどいのはわかっていたことだけれど、藤巻先生より追加されたオリジナルエピソードがまさかの結末。本当に終わっちゃった。

▽4月~6月…実生活の不調によりあまり記憶がない。なにがアニメ化してたっけ?あーけもフレの大爆発がこのクールかな。観てないですけど、歌はすごく好きだった(ありがちなにわか)

▽7月…「活撃 刀剣乱舞の作画にびびる。映画かよ…ufotable賭ケグルイ大好きだから観たかった。ボールルームへようこそも観たかった。縁あって最近コラボカフェに行ったらやっぱり観たくなった。気になるのいろいろあったのに屍化。

▽9月…突然「劇場版マクロスFイツワリノウタヒメ~」「同~サヨナラノツバサ~」を観返し、シェリルの歌で息を吹き返す。シェリルさんかっこいい…「どうせ死ぬなら舞台のうえよ!」抱いて…

オベリスクがすごく好き。「あと1秒生きるために 魂の背中押せ」のワンフレーズにこれまでどれだけ救われてきたかわからない。今回もだ。

▽10月…3月のライオン」2期、毎週泣きそう。そういや13巻よかったなあ。二海堂くんの力強い命のきらめき…きらめくからこそそこに落ちる影…生きてる、ってかんじで…

だいたいしんでてめんどくさいやつ。ポジティブに捉えるとしたら、それくらいダメージを受ける作品と出会うべくして出会ってるかんじかなあ。今期観るアニメは何本…って見方をやめたので、すっごい鋭角だけど必要なものにしぼってるんだと考えよう。

 来年の情報もいろいろと出てきて、アニメの界隈において気になるのはやはり過去の名作の再アニメ化だったり、初のアニメ化だったり。最遊記とかグルグルが決まった頃に、「いや、これ封神演義とか幽白とかの再アニメ化来ちゃうんじゃないのwそしたらしんじゃう世代が出る」とか笑ってたらほんとに封神演義来てしまった。わたしは幽白もあるんじゃないかって思ってるんだけどね。過去の名作にスポットが当たるのは、視聴率の良かった作品の続編を作るようなドラマ業界とおなじ理屈なのか、それとも今の技術でより世界観の表現をしたいという制作側の熱なのか、それとももっとおとなの事情なのかははかりかねますが、これだけアニメが乱立している昨今に於いて、結局本物だとか名作だとかそういうものしか生き残れないような時代になっているのかもね。とか書いていたら「BANANA FISH」までアニメ化するという。制作ラインナップからしてすでに新たな層への沼となる完璧な体制にも思えるけれど、そういうのは置いておいて、あの作品は時代にはまるんじゃないかなあ。

コミックもアニメも娯楽だから、気楽に楽しめるものであることも必要だけれど、カルチャーであり創作だからこそ、そこに文学性だとか精神性だとか社会性だとか思想だとか、そういうものを深く織り込んだ作品もたくさんあって(娯楽作品にそういうものがないと言っているわけではない)たとえばまんがといえば少女時代に読んだものしか知らなかったわたしの母親のようなひとが「3月のライオン」のアニメを観て深く感銘を受けるようなこともあったりするので、来年はよりそういう作品に浸かれたらな、とか考えている。他人(=作者)の想い、熱、思考を自由に受け止め、自由に考え、じぶんのなかに落とし込む。もしかしたらそれはじぶんのなにをも変えないかもしれないし、それにたいして傷ついたり否定的な考えを抱くかもしれないし、いつのまにか忘れ去ってしまうのかもしれない。けれどいつかそれをとりだしたり、はっとするときがきたり、あとあとじんわりと広がりだしたりすることだってあるかもしれない。表現することは自由であると同時に、どう考え、どう受け止めるかも自由だ。そしてそれを止めることなく考えつづけなきゃ、と最近よく思う。情報と消費のスピードが早い時代。だけれども消費されるというステージに乗らなければ勝負することもなかなかかなわない時代で、そんなふうに胸を揺さぶり、考えること、想うことを与えてくれる作品をわたしはいつだって探している。待っている。

 

 

 

担当というものを持つことをやめる選択。

もしも人生に「精算」というものが必要だったとして、仮にそれが今のわたしの人生に起こっているとして、自らも7月にそれを書いていて、それを占いにも指摘されて驚いていたとしても、こういうかたちで為されるとは思いもよらなかった。

べつに精算しようとして無理にしたわけでもなければ、占いに感化されたわけでもなく、ごく自然な流れであることは疑いようもないけれど、ここ数年、揺らがなかったものが根底から覆るような事態に、わたし自身がついていけない。だって2ヶ月くらい前まで重々しくしてたじゃーん、っていう。

そもそも「担当」という概念は、ジャニーズの世界に飛び込んだころからずっとどういうものか向き合ってきて、やたら重苦しく考えたりもしたし、いや、単純に一番好きなひとのことを指せばいいのでは?と思ったりもした。理解できたような気がした瞬間は確かにあったし、だけどそれがまったくわからなくなる日もあって結局、概念でしかないそれに答は出ないままだし、確かさと不確かさのあいだを揺らいでは着地することなくずっとわたしの中で宙ぶらりんになったまま掴めずにいる。担当ってなんだろう。誰担か、ということを定義しようとするとこんなにしんどいのはなんでなんだろう。担当だからこうでなきゃとか担当だからこう思わなきゃ、とかべつにそんなことしなくてもいいんだろうけど、わたしの性格上なのかなんなのか、そうしなきゃいけない気になって、いつのまにか自分で勝手に身動きとれなくなっていた。それだけはわかる。自由にすきでいたいのに拗らせためんどくせえ。

ジャニーズを好きな世界に身を置く以上、担当を是が非でも決めなきゃならないと言うなら、あくまで藤ヶ谷担を名乗り続けるのかもしれないけれど、それも失礼なはなしなのかな、とも思うし、たぶん今のわたしはキスマイ担を名乗るほどの者じゃない。ファンであることは確実だとしても。じゃあグループとしてはどこ担なの?と訊かれても答えに窮する。降りるグループもない、かといってジャニーズは大好きなままなのであがることもできない、どうすればいいわけ!?と自問自答した結果、担当を持たない、という選択肢もあるという結論に至った。

藤ヶ谷くんが大切にするKis-My-Ft2というグループをいちばんに愛したいよ。気持ちの上ではね。でも今はたぶんちがうかなって。なにが、と言えば、うーん。ひとつだけ明確なことはあるけれど、それがすべてとは言えない。だけどきっとこれはわたしの問題でそれのせいではないんだろうけどね。いや、そもそもなにかのせいにするのは良くない。なにも誰も悪いわけじゃないからやっぱりわたし自身の変化としか。

だけど、たとえばもしもこの先、わたしがキスマイのライブに行ったとして(ファンクラブやめるつもりはない)担当でもないのに当選してなんやこいつ、って思う人がいるかもしれないけれど、おそらくこれからも通いはしないだろうが当選できれば行く。シングルやアルバムを買って聴くだろうし、何か書くかもしれない。ただ、なんというか、担当としての視座ではなく、フラットな地平からキスマイというものを一度冷静に眺めてみたい。

とはいえ結局のところ、ジャニーズを愛している地平なので果たしてフラットであるのかはいささか疑問でもある。なんというか誰、とかではなく、もはやエンタメの一大ジャンルとして定義してもなんら問題なかろう「ジャニーズ」を担当していたい(ただのDD)。ジャニーズはすごい。いろいろなかたちがあってそれぞれの表現がある。その魔力からは抜け出せないままだ。

だけどもう気分でいいかな。わたしに今響くもの。わたしの人生に今必要なもの。それをそのときに選びたい。なんかもうロックがすきで、今はこのバンドの音楽がわたしの背骨です、だけれどもとりあえずまずなによりロックがすきなんです、みたいなかんじで、ジャニーズがすきでもいいんじゃないかなって。ミーハーかよ、とかお前誰担?とか自問自答は続くけれど、なにか、こう、自分を縛り続けるのに疲れた。潔く、所謂オンリー担としてキスマイを身体に落とし込むことはできない。だってべつに藤ヶ谷くんだけがすきなわけじゃなくて、藤ヶ谷くんにしか興味ないわけじゃないんだよなー。ややこしくて難しい。そうしてるのも自分なんだけど。いちいちそうやって重々しくなることもなんだかな。たかが趣味なのにね。

わたし自身が夏のある日を境にとつぜん重さがなくなって、なんなら今、軽くてどこへでも走り出せそうなので、逆に引っ張られるもの、なにか鬱々と考えてしまいがちなものをちょっと置いていきたいかなとかそういう。

たとえば生きるスピード、心のチューニング。わたしなりのそれらがあって、それがばしりとはまっていたり、合わさる瞬間やそのとき、に吹く追い風、みたいなものを体感するのが一番シンプルだなあと。ここ数年、たぶんすこしでも自分に重なったものをぜんぶ抱えて進んできたら、ずいぶん重くなってしまった気もするのでまあここで1回リセット。リセットして、フラットに眺めてまたキスマイに出会えたら、そのときはもう一度担当って言うかもしれない。

 とかいって来月や年末にそう言ってたら笑えるんだけどね。だけどそれならそれでまた新しく。

本日は結成日だそうで。

前回のブログで

 

rubyk.hatenablog.com

「すきなものを減らす(部屋の物を減らす)」「ただしく泣く」という項目を定めていたのだけれど、『2017年下半期 恋と運命』みたいな占いの雑誌を見ていたら"良い運の切り替わりサイン"として「無性に物を捨てたくなる」「人前で泣く」って文言があって震えた。いや、占いだし。厳密に言えばちょっと違うし。でもびっくりしたよねーーーー

蠍座は秋から12年に一度の大幸運期らしいけど、どうなるんだろうね。こうもしょっぱい毎日だと期待したくもなって占いの雑誌やサイト読み漁ってる。そこに向けて不要なものが精算されていくって書いてあるのはなんか思い当たる節もけっこうあるんだけどなー自分でも言ってるし。いいことは信じていくスタンス。

ずっと仕事行きたくない症候群が続いてて逃避のように毎日ジャニーズ観て睡眠時間削って結果寝不足つらい、って悪循環!社会人的にダメなのはわかってるけど人間保つのが先だしな。だけどずっとは続かないだろうし、軽く期待しておこう。

それはさておき。

んーまあびっくりですよね。突然番協メール来るんだもん。金曜日は「未満都市」観てー「LOVE LOVEあいしてる」観てーなんて思っていたら突然放り込まれるMステ…しかも「まえあし」ってなんじゃーい!!!!いや、わかるけど。ひらがなにするとかわいいけど。え、そんな。「俺の足に2回キスしな」の足って四足歩行だったんですか????そんな。新事実。だけど前も後ろもおなじように地面に踏ん張ってからだを支えていることは事実以外のなにものでもないですからね。いや、そういう話じゃない?最近のわたしはキスマイをすこし遠めから見ているので最近のキスマイが考えていることがよくわからないごめん。たいぴが(おそらく)スイッチにはまってることくらいしか…イカやんのかな。暇かよ。んーだけどちょうどいいかもしれないなとよく考えている。そりゃグループとして上り調子なのはいいことだけれどずっとそれは続くわけないから。追い風がないときこそチャンスが増えるというか…時間が空いていればこそ色々なものに触れる機会も増えてそれが大きななにかに繋がるかもしれない。忙しいことは良い側面もあるけれど、忙しすぎると余裕もなくしがちで新しい芽も萌さない。わき目を振らずただただ突っ走った結果、カラカラになってしまって伸びしろを失ってどこかで止まってしまうくらいなら、たとえ一度へこんでもじわじわと進んで高くジャンプアップするチャンスを虎視眈々と狙ってたほうがなんかかっこよくないですか。

だけどまあほかのメンバーがオフだったならキスマイで出れましたよねっていう。だけどそういうことでもないんだろうな。

わたしは運営が今更格差を掘り返しにきているとは考えていないですけど、色々な意見が散見されているあたり一筋縄じゃいかない事態だったっぽいね。そりゃ当たり前か。

藤ヶ谷くんを応援している身としてすごく個人的なことを言うと、「舞祭組のスタンスがああいうふうにある以上俺ら3人は当たり前にかっこよくなきゃいけない、1位をとり続けなきゃいけない」みたいなことを藤ヶ谷くんは言うじゃないですか、それがもう、しんどいって思ってて、いや、言いたいこともその想いもなんも間違ってないんだけど(モンペ)それがいつしか呪縛みたいになってないかな、彼の表現の可能性や幅を奪ってないかなとも思えて、そういう発言を見ると一時期勝手にしんどーーみたいになってた。わたしは千賀・宮田・横尾・二階堂担ではないので、彼らの担当の方が舞祭組をどういうスタンスでとらえているのか、この先どうなっていってほしいと考えているのかわからないし、そもそも格差があったという事実は変えられない以上隔たりがすごくてわかりあえなさは平行線だろうし、それぞれで色々な意見があるだろうなと思うのだけれど、わたしは、各々の仕事の種類は違えどもファンになったばっかりの頃にはっきりと目に見えていた衣装やPVや歌割りに於ける格差というものは今は特別ひどく感じていないし、だとしたらもう3:4でわけるとか(兄組・弟組はべつにあってもいいけれど)そういう名乗り方をするのとかはやめて「Kis-My-Ft2」のみを名乗ればいいのにと思っていた。そもそも7人でかっこよければいいのだから、てかかっこいいし、みんなでかっこいいキスマイを背負えばいいのに、バランスが崩れてきてキスマイってなんだろうって状況になってたと思うんだけどどうなんだろうね。わたしは藤ヶ谷担だからこう、まあ、難しいんだけどね…

あのときは戦略として必要であったかもしれないしあたらしい可能性に満ちていたかもしれないけれど、10年まであと5年、そろそろ可能性のすべてをみんなでわけあいましょうよ、と思うんですよねーーーーー

 や、べつに今回のこと、ぎゃー!!とはならなかったけれど、否定するつもりもないし、これもキスマイにとってあたらしい可能性や武器のひとつだというならそうなんだなってただ受けとるけど。ただ「Touch」はともかく「FIRE!!」はジャーニーで完結したと何度言えば。わたしの中では、だけど。だけどまあなんかMステじゃ何かが足りない!歓声や!となって久しぶりにジャーニーひっぱり出してきて観ましたけどね。あれは最早宗教…ドームのど真ん中でたったふたりで成立させることのできる宗教…あのころはすごく藤北厨だった。今はそうでもない。なんかフラット。でもかなり雰囲気変わったよなーと思うあのふたり。でもつよい。これはほんとうに今でも。

ジャーニーみたあとなんならワールドとアイスクリームも観たんですけど、去年はやっぱり近年稀に見る最高の夏だったなあって思い出して、直前まで入院していたりしてきつかったことはあるんだけど、ライブ一本の思い出だけで記憶をこんなかたちにできるんだなってことを思い出せたのが一番の収穫だった。だから今現在きついことも来年くらいには今の悩みなんて実感として痛みを伴わないくらいのものになっているんだろうなってすこし前向きに思えて、結局今回も藤ヶ谷くんに救われてしまった。やっぱりわたしの今にはキスマイが必要だ。「いいね!」からの「レッツゴー!!」のコンボでもきこーっと。無意識に笑えてなんか元気になる最強のコンボだよねーーーーーー

12年前に今日、かたちが生まれたんですね。そうかーーーわたしが若さのみを拠り所にしてちゃらんぽらんな生活を送っているさなかに、彼らはすでに将来がかたちになりはじめてたんだな。あのころじぶんがイメージしていた将来のすべてがちがうかたちをしているし、そもそも人生なんてそういう流動的なものである中で彼らはずっと継続してきたんだね。変化し、時には現在地を飛び出す道を選んでまた一から再構築できる可能性だって選択できる人生に於いて、継続してくことのほうがむずかしいと思うんだよ。すごいね。どんな道を歩むかという選択にただしいとか間違っているとかはないけれど、彼らが色々なことを越えながらずっと続けてきたその道がこうして世界の片隅でひとりの人間をたしかに救っているという事実(もちろん何万人って数のファンはいるわけだけど)は存在しているんだよ、って知ってくれなくてもいいけど、でもあるんだよ、たしかに。

下半期にしたいいくつかのこと。

 

って決めていてもだいたい気分だとか感覚だとかそういう曖昧なものを基準に生きているからできないんだろうな、と思いつつたまには決めてもいいかもしれないという気分になって書いている。2017年も半分が過ぎた。年々時の経つスピードが早くなるっていうし実感することもあるけれど、それって自分が置いてけぼりになってるんかなーなにかこう、時代の流れのスピードみたいなものに?分刻み、いや秒刻みで刻々と変わっていく情報過多な時代とかいう大きくて視覚化できないものを体感で注視することができなくなっているような。最前線の空気を掴み続けられないような。というか一切合切頬張って飲み込んじゃうってことができなくなったのかな。わたしはですが。時代を平らげるよりも明日腰痛が爆発しないかどうかのほうが大事。

この一ヶ月、通常業務に加えて大きな仕事の準備が同時期にいくつも勃発する事態に見舞われていてもう辞表置いてふらっと明日消えようかなとか毎日思っていた。要は色々重なって忙しかったってだけなのだけれど、無理とか胸の内でつぶやきつつなんとかやってるのでまだ無理ではないんだろう。がんばろう。たまに誰かほめてーーーーーーーーがんばったねって頭撫でてよーーーーーーーーーーってひとりよがり思考になるけどまあないよね。そんなもん。ああ。で、そう。下半期。

 

人生に於いて起こる偶然だとかふいによってなにかがつながる感覚がすきだ。ぜんぜん交わらないと感じていたものがふっとどこかでつながる。たとえば今までまったく読まなかった作家(興味がない、知らないじゃなくて食わず嫌いしているような)の本が店頭で急に気になりだしてしょうがなくなって読んでみたら、それが映画になって劇伴をすきなミュージシャンが担当することになっていたとかさ。なぜだか知らないけれど急に脳内に降りてきたように「エヴァ観なきゃ。なんか絶対観なきゃいけない気がする」と啓示(と書くとなんだか危ないようにも感じるけれど)をくらって観てみたら自分の人生の分岐点になった体験を二十歳のころにして以来、なんだかそのふいの感覚というものをわたしはどこか過信している気来がある。それって偶然というより知らず知らずのうちに自分が引き寄せているのかもしれないけれど、意思を持って手を伸ばしたのか、あるいは探しだしたのかというと体感的に違う気がする。どちらにしたって結局必然であったことには変わりがないにせよ、わたしの人生とこれは無関係じゃなかったんだ、って思えるものを知っていくことがすきなのかもしれない。

むかしはもっと能動的な人間だったようにも思う。まだ知らないものや見たことのないものを探しにいこうという好奇心に満ちていた気もする。能動的であるには気力と体力と時間がある程度必要だなあと最近よく感じる。年々めんどくささが増す。わずらわしいことが増える。年齢感じるわらえない。だけど仕事の場面とかだとひそかに売上とりにいくぞとかやけにぎらついたりもするからもうね。ハングリーさをなくすとたぶん目がしぬタイプ。負けず嫌いだし。そもそもわたしという人間の造詣からしてめんどくさいから生きててごめんってなる。

さて、そんなふうに生きているのにもかかわらず下半期にしたいこと。予定のない休日はほとんど家で寝ているくらいの人間なのでいきなり「富士登山に挑戦する」とかはないし、今パッって思い浮かんでいるものはミニマムなものばかりだな。

 

1:旅行にいく。

長らく行っていない、というかそもそも連休も、シフト上の休み以外に有給だとか季節休暇だとかあるのにも関わらずとることが困難なので、どうしても、というときにしかとっていない。どうしてもっていうのはライブやコミケなんだけど近年はそれもシフトずらして日帰りしてるか遠ざかってる。ジャニーズとかコミケとかそういう目的ありきの遠征じゃなくて普通に旅がしたい。今考えているのはありきたりだけどご飯がおいしい温泉か、エステとかできるホテル。そういうのでいい。というか休みをとりたいって言えるようになりたい。

2:すきなものを減らす。

すきなものが多いことはいいことだって思っていたけれど、多すぎるのもどうかなって最近思えてならない。「すきなもの」って世界とじぶんを結びつけているもののような感覚を持っていて、それが心地よかったところもあるけれど、結ぶものが多くあるほどじぶんが希薄になっていなくなる気がするからもういいかなってものは絶対あるはずなので、もうそれらとはさよならしてぶつぶつと結び目を切っていきたい。少なくてもこれだっていう濃いもので繋がってるくらいで十分かも。これはものを減らすこととも通じていて、現在もので溢れかえっている部屋に帰ることに辟易している。なんでこんなにものって増えるんだろう(買うから)。毎年年末に「これはいらない」「これはとっておく」ってかんじでわけてけっこう捨てるんだけど、いつもより基準を厳しくして年末前に実行したい。あ、それと似たようなところで、ウォークマンの中の整理。これまで使っていたものが壊れてしまい、新しく買ったときに値段に負けてGBを減らしたら足りない足りない(バカ)たまに無性に聴きたくなることもあるだろうけれども、持ち歩く曲を厳選したい。にしても10年くらい前のわたしに今のウォークマンの中身見せたら卒倒するだろうな。増え続けるジャニーズ…ジャニーズ大好きです!それでもいつかさよならするときが来るのだろうか。

3:ファッションをすこし変える。

ものを減らす話をしておいて買う話かよ。いやもう最近「わたし今日全身GUやん」みたいなことが多くてこれはいけないな、と。仕事のときなんかはそれでもいいし、GU安いし可愛いんだけど。たぶん探すことがめんどうになっているのだと思う。この年齢にしてファッション迷子になってきた。これが着たい、あれが着たいっていう強い衝動がない。そういう意識になってしまっているところがなんかもう嫌。あたらしく着たい色を着てみる、着たことのない丈やシルエットに挑戦してみる、みたいなすこしの変革を起こしたい。きれいな色の靴と色石のアクセサリーは探そうと思っている。

 4:ただしく泣く。

たまにエモーショナルすぎて(ライブ中など)泣くことはあっても、なんだろう、月並みに言うとつらいときやきついときに泣けなくなった。おとなだし泣かないほうがいいに決まっているのかもしれないけれど、もっと若いころはひとりで泣いてすっきりしてリセットする方法があったのに、最近鼻の奥がつんとしてもそのまま飲み込んでしまうことが増えた。だからそういうときにまっすぐ刺さってくるものがあってもそれにすらも素直に泣けずに飲み込んでしまっている。我慢できるようになったのかもしれないしむかしよりも鈍感になれたのかもしれないから悪いことではないのかもしれないしいい歳なんだからそらそうだよね、とも思うけれどじぶんひとりしかいないときにそうなってしまうのもなんだかなあとも感じる。じぶんにだけはもう少しそういうところを解放してもいいじゃない。うん。素直になるって永遠の命題。

 

こんなところかな。思いつくのは瞬間的だったけど並べてみると意外にない。書いて下書きに入れてまた呼び出してって書いていく途中で「いや、やっぱりそれはどうでもいいな」ってなったりwそうやっていたらちょうど七夕っていうタイムリーな日、この内容なら今日しかないだろ、って感じたのでこれでいいや。たくさんあると結局なにもできなかった…って落ち込みそうだからちょうどいいかも。流動的に日々変わってもいきそうだけど、旅行はほんと叶えたい。去年から決めている貯金をするのと肌を大切にするっていうのは継続で。

 

 あ、そうそう、関ジャニ∞の「ジャム」買いました。タイトでスマートな仕上がりなんだけど、最後まで濃く煮詰まっていて徹頭徹尾シビアなアルバム。楽しいんだけど、容赦がない。この切実さは、うーんなんだろうな。再生するたびにその瞬間から流れ落ちてしまうような、過ぎ去っていってしまうような…でも再生するごとに鮮度あるみたいな。突き抜けるところは突き抜けるのに突き抜けちゃいけないところは絶対突き抜けないバランスもすごいな。そもそもとりどりすぎてどの曲が好き、ってむずかしいけどやっぱり「今」かなあ。歌詞もいいけどとにかくアレンジが至高すぎる。菅野よう子さま!あとそれぞれの盤にしか収録されてない曲も良かったです。「ノスタルジア」にはトレンド満載感にびっくりですし「Traffic」のカッティングと歌詞ほんと好きです。

映像特典はエイターさん向きコンテンツっぽいからどうかな?とは思ったけど撮り合いメイキングにはしぬほど笑わせてもらいました。めっちゃ元気出たわ。錦戸くんかわいそかわいすぎない?フトコロノカタナは、そうだなあ、地上波のテレビを観ているだけでは知りえなかったそれぞれの人となりをすこし垣間見ることができたというかんじでしょうか。村上くんはやっぱりすごいんだ。いや語彙力、って話だけど、なんだろう、もうこのひとすごい、としか言えない。それと、わたしもじぶんの戦うべき場所で最前線に立っていたいとか思う人間なので、はっとする瞬間もあった。出会い頭の衝突みたいな共感。こういう力のもらい方、というか、思わぬところから今この時期に救いの手のようなものがあることもある。これもある意味ふいであり必要なできごとだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

#きみは正義さ

自担であるKis-My-Ft2藤ヶ谷太輔さんがこのたび目出度く生誕を迎えられた。

キスマイには、将来への期待や成長も含めて勝手ながら、そして不毛にも求めてしまうこともこれまで色々とあったのだけれども、藤ヶ谷くんに対してはこういう仕事やってほしいだとかこうでいてほしいだとかそういうことが最近あまりなくなってきた。今年ドリボがなくなってしまったことを玉森担である妹がひどく嘆いていて、その折に玉森くんがインタビューでこう言っていた、こういうことに挑戦したいと言っていたのに、と色々と教えてくれるなかで、彼女が玉森くんに求めていることなどの話を聞いて、じぶんには藤ヶ谷くんに求めるものを箇条書きにできないことに気がついた。

かつてはあったように思う。こういう役を演じているところを観たいだとかもっとこうしてほしいだとか。それはたとえば「ベストジーニストを獲りたい、殿堂入りしたい」という彼の口から語られる具体的な夢を、じぶんのがんばることのできる範囲でなら叶える手伝いがしたいというような類のものではなくて、もっと個人的な願望のようなもの。仕事の種類だけではなくアイドルの在り方として、変わってほしくないところをとどめたいとも思ったし、逆に変わってほしいところを望んでしまってもいた。

期待していたような気もするし本当はそうでなかったのかもしれないし、その両方だったのかもしれないしそのどちらでもなかったのかもしれない。そもそも偶像に希望を見出そうとすることや失望したりすることじたい勝手な発想だし、わたしがそうしたところで相手にはなんの影響も及ぼさないし、わたしの知らないところでやわらかくなったり固くなったりしては変異し、形成されていく。

こうあってほしいと願うのは傲慢だ。それでも願わずにはいられないときもある。言うまでもなくおたくはおしなべてしんどいしめんどくさい。

ほんとうは好きなことに理由なんていらないし、ありのままを受け入れることしかできないというのに、それができない時点でわたしは藤ヶ谷くんの担当、ひいてはキスマイの担当として失格なのかもしれないということはずっと考えてきた。

おそらく誰も彼もそんなファンはいらないにちがいない。わたしはひどく身勝手で傲慢だった。たぶんどこかでは今もそう思っている部分があるだろうけれど、勝手に求めて期待して勝手にがっかりするファン特有の心理にここのところ疲弊してしまっているのでまず求めることからやめたのかもしれない。けれど受け入れることとあきらめることはどうちがうのか、なにがちがうのか。今のわたしにはわからない。「すきにしたらいいよ」という言葉にはきっと二通りの意味がある。どういうつもりでそれを吐いてんだ。わからない。

さて、そうなったわたしに果たして藤ヶ谷くんの担当だと名乗れる資格があるのかすらわからないけれども、求めるものが殆どなくなってしまったからと言ってすべて受け入れられるわけでもなく、かと言って期待していないわけでも好きでなくなったわけでもないという大変めんどうな状況に立っている。ひとつだけ確信を持って言えるのは、わたしにとって彼は担当と呼べる圧倒的な正しさを持つひとだということだけだ。暴力的な言い方になるけれど、おそらくキスマイの担当を降りることになったとしても藤ヶ谷くんの担当は降りられないのではないかと最近よく考える。

藤ヶ谷くんのことを完璧だとは思わないけれど、藤ヶ谷くんの進む道に間違いはないはずだし、わたしの求めるものなんてどうでもいいから世界に求められてほしい。求められ続けていてほしい。どんなお仕事がきても彼はやり遂げるだろうし、それがどんなお仕事でもそのすべてが血肉になるならもうわたしは何も言わずに遠い場所から見ていればいいのではないかと思っている。ただ眼だけはしっかりとひらいて。

 

 重。

 

こないだ読んだまんが「推しが武道館いってくれたら死ぬ」(平尾アウリ/徳間書店/Ryuコミックス)から。

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これ真理だよね。

お誕生日おめでとうございます。30歳ですって。節目ですね。

関ジャニ'sエイターテインメントのBDを観たはなし。

他担による雑感。

 

これまでに観たことあるDVDがわりと昔のものだったので、最近の映像作品をきちんと観るのははじめてのことです。家族が買ってきたのですが、ことあるごとに「どっくんが関ジャムでギター弾いてる回編集してまとめて焼いたわたしGJじゃない?」的なこととか「最後真ん中でバンドでNOROSHIやったんだよ!はあ~かっこいい~やばい~」とかそんなようなことを言い出してたので(あっこの流れこいつやばいな??軽率に買うな??)って思っていたら案の定「買っちゃった」と。おたくの金銭的なフットワークの軽さって尋常じゃないよね。このひと着々とそういう意味でのおたくスキルあげてんなあとやばみを感じつつ、ジャニオタになってもギタリスト好きなとこ変わってねーなとひそかに笑いつつ、もちろんわたしも観たい、と。軽率に軽率を重ねていく、だいたいいつもそんなかんじで生きてるし、今回もそんな流れ。意外にそういう流れが窮地を救ったりもする。そのあたりも後述します。

作品の感想は以下ポイント的に。

 

・予期せぬオープニング映像

裏社会ものとな!!事前知識まったくなしで観たのでまさかこんなオープニング映像なんて知らなかった言ってよ!!喫煙男子愛好家としてはまず錦戸くんが現れた時点でたおれる。んで、わたし裏社会もののコミックとか好きでわりと読んだり、マフィア的なキャラクターの声優CDなんか出るとホイホイされるタイプのおたくなので、イケメン集団が実写でそういう設定でやってるとかもうしんどさの極みでした。横山さんの若頭感とか安田くんのギプス割るシーンとかツボ。

 ・「NOROSHI」〜

1曲目「NOROSHI」がまさかのドーム(しかも花道じゃないところ)練り歩き。うしろに黒服集団連れて練り歩き。輩かな?斬新だし、様になりすぎてたしむっちゃ決まってておたく特有の「待って」発動。こういうとき語彙力なくしがちなおたくなのでとりあえず「やばい」「待って」って言ってる。あと「浮世踊リビト」って曲初見だったのですが、すごくかっこよくて気に入ったので音源ほしくて調べた。「WonderfulWorld!!」のC/Wみたいだけど、それもうアルバムで持ってるからジャニーズも1曲ずつネットで買うことができればなあとこういうとき本当に思う…どうしようもないのでCD買うけど。

 ・「パノラマ」〜

 最強の男?漢?感ぐいぐい出してきたと思ったらキッズダンサーズの皆さんとかわいく踊り出すので意味がわからない。ニット帽の安田くんのかわいさ最高かな…だけどわたしが歌番組でよく観るエイトはどちらかと言うとこういうはっちゃけたカラフルなたのしいイメージが多い。ここのところの「前向きスクリーム」「がむしゃら行進曲」「罪と夏」あたりのイメージが強かったり、スペシャルとかだとズッコケとか「無責任ヒーロー」をよく歌っているからかな。

エイトレンジャーのコントを挟みつつのこのあたりは知ってる曲いっぱい、セトリとしても盛り上がり最高潮でたのしい。元々ホーンが入っている曲が多いんだなって今さら気がついたんですけど、生バンドなのでさらに映えててよきだなと。ホーンがあると単純に厚みや華やかさが増すだけじゃなくて、曲の表情や色に一筋縄じゃいかない豊かさが出るのが好きだし、聴いていても気持ちよくて好み。スカパラとコラボとかむっちゃはまりそう。あと、どうでもいいけど「T.W.L」の間奏でハープ吹き出した錦戸くんをみてブルースハープ〜〜〜〜」って叫んでたおれたことも書き加えておきます。いや、確かに音源にハープの音入ってるけども。心の準備してない状態で唐突なこういうのいきなり映るとヒェッとなるじゃないですか…楽器男子に興奮していく人生いい加減やめたい。

「I to U」〜

バンドはやるって知ってたけど、アコースティックコーナーまであるとかなんて贅沢…スカアレンジだから「言ったじゃないスか」ってセンスのかたまりすぎてまさに心はローリングコースター…こういう音楽的アプローチはクリティカルヒットすぎてね…このちょっとした遊び心を効かせるかんじがまさに音楽だなあって思うんですよね。うまく言えないんだけど、所謂抜け感というか。譜面どおりに正確に音を敷き詰めていくのも音楽だけど、アコースティックアレンジなら肩の力抜いて自由に楽しんじゃおーって空気というか。そういう空気感を含めての音楽。すばらしかった。あとまたもどうでもいいことなんですけど、大倉くんかな?曲のことを「その曲」じゃなくて「その娘」って呼んだのが個人的に1000点満点。

・「Tokyoholic」〜

セッション映像からバンドセットのセクションへ。収録されていたのは丸山くんボーカルの「粉もん」だったけどセッション映像の曲は場所毎に違うようで、特典に他の公演のものもついていた。こういうのは全公演分観たいってなるのでうれしい心遣い。セッティングにかかる時間をセッション映像でつなぐって新鮮。たぶんここの感想長くなると思います。

この「Tokyoholic」なんですけど、観たあとすぐに「なぐりガキBEAT」買ってしまった。曲が始まったときはJETの曲みたいだなあ(たぶんシャンシャンシャンにベースとギターのリフが順に乗ったせいかと)と感じつつ、メンバーの歌から聞き取れる歌詞が面白そうで、歌詞もちゃんと読みたいと思いまして。

クレジットに作詞作曲編曲:錦戸亮ってあって、ええっ、へ、編曲まで!?とびっくりしたんですが、錦戸くんは天才なんですか?そこでそのあたりのことを調べたんですが、錦戸くんがリフを弾いて、そこにセッションの中で「こういうかんじで〜」って音を乗せてみんなで作っていった、で合ってる?アーティスティック感迸ってる。あとこのアレンジにこういう歌詞を乗せるロックンロール的なセンス、天才ですか?わたしは田舎の人間で東京で暮らしたことがないのでこの歌詞を本質から理解することはかなわないのですが、あくまで想像の中での東京で生きることのすべてが詰まっている気がしています。

ちなみに最近しごとでくそってことがあったときは

そんな上から見んなや こっちも必死なんじゃ

って頭の中でリフレインしてるし、休憩のときに聴いて建て直している。わたしにはエイトの大阪時代を含めた過去のことはわからないので、それについてはなんの言葉も持たないけれど、アイドルとして華やかに活躍しているように見える彼も、辛くも生きていかなければならない人間のひとりなんだな、と思わされて心強いような気分になれる。なんか個人的な感覚だけど、ロックンロールを聴くと強気になれる、みたいなやつに近い。錦戸くんの音楽的ルーツが知りたい。

「Tokyoholic」のあとに、安田くんのギターに丸山くん、大倉くんが乗っかってセッションが始まって、これそういう演目として準備されていると思ったら、コメンタリーですばるさんが「これ準備してたと思われたら嫌だ」というような発言をしていたので(まさにそれですみません)自然発生的なものだったのか…!と知ってエモーショナル〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!ってなった。安田くんのあの目線は「入ってこいよ!」ってことで、入ってきたから楽しくてテンション爆上がりでぴょんぴょん跳ねてたって解釈でよろしいのでしょうか?メンバーも観客も乗せてからの「象」のイントロ、最高にエモかったです。

前々回のエントリー

 

rubyk.hatenablog.com

 

の最後に書いた「音楽的な展望」「明確な舵取り」「布石を打って事象を積み重ねること」という話はずっとうっすら考えていたことなのだけれど、エイタメを観てより強く感じたことが大きい。というのも個々のスキルをみても純粋にロックバンドとして機能していて、アイドルがバンドはじめました的な域をとうに超えているし、関ジャムを通してファンをも巻き込んで音楽への造形を深め、おそらく年月をかけて見据えてきたのがフェスへの出演(本人たちが出たいと明言していたかどうかというのはわたしにはわかりませんが)だったのではないのかと思えてならなかったので、そういう意味では道筋の付け方がうまいグループだと感じた。そこに至るまでに紆余曲折もあったのだろうし、アイドルとバンドのバランスについてはファンの方それぞれ思うことがあるのではないかとも思えるし、わたしがキスマイについて色々考えるように、担当であることでまた見える景色も違うのだろうから、これは単に外野からの意見として御容赦いただきたいのだけれど。

だけどやっぱり彼らは正真正銘【アイドル】であって【バンド】じゃなくて、だけどもバンドが武器のひとつとして成り立っていて、表現方法においてその両方からのアプローチが融合している今の関ジャニ∞、そうとうおもしろいことになっているなあという印象だった。

余談ですが、AC/DCとかアイアンメイデンとかああいうロゴ彷彿させるロゴのTシャツがバンドTみたいで可愛すぎる!!!普通に着れそう。あとパーカーもおしゃれ。パロディ系が多いのかな?アニメグッズとかもそうなんだけど、雑踏にまぎれたとき、わからない人にもあからさまに「なにかしらのヲタグッズ」とアピールしてしまうようなものはデザインが可愛かろうがなんだろうが苦手なので、現地にいたらわたしも財布開いちゃうな。

それと前述した窮地を救う、という件。このブルーレイに収録されていたコメンタリーがバラエティーとしての面ではなく、こう、まじめなお仕事の面を観れるという意味で興味深くておもしろかったよねってなったからなのかなんなのかは知らないんですが、うちのおたくが「ファンの人がおすすめしてた新年会の映像買ったよ!!」とかまたもおたくのフットワークを軽々と発揮して「なぐりガキビート」の新春盤を買うという行動に出たので、それも視聴しました。最初の、すばるさんがひとりずつ電話で「飯いかへん?」と誘うところ(安田くんに震える)からすでに楽しかったのは言わずもがなだし、サシメシと思ってきたら実は…ってわかったときの反応の違い(安田くんに震える)とか、それぞれに事前に行ったQ&Aを発表するのもむちゃくちゃおもしろかったり、メンバーそれぞれにいろいろ発見ができて良かったのだけれど、なによりすばるさんの最後の言葉の中にあった「仕事としての会話」っていうはなしが、アイドルとか書店員(わたしのことです)とかそういう職業の垣根を越えて、仕事をしている社会人としてがつんと胸に響きました。わりと最近考え込んだりくさくさすることが仕事で多かったので、いろいろと思いなおすきっかけになりました。ありがとうございます、渋谷すばるさん。あなたを尊敬します。

 

最近の映像作品をいろいろと観ていきたいな、というところではあるのだけれど、今月ちょうどアルバム発売を控えているのでそれを楽しみにしているところです。とりあえずまずジャケットがめちゃくちゃセンスいいな〜かわいい。アナログ盤サイズで部屋に飾りたいくらいに。