舞い散る日々のなかで踊れ

二次元とジャニーズを主食に生きてる。

本日は結成日だそうで。

前回のブログで

 

rubyk.hatenablog.com

「すきなものを減らす(部屋の物を減らす)」「ただしく泣く」という項目を定めていたのだけれど、『2017年下半期 恋と運命』みたいな占いの雑誌を見ていたら"良い運の切り替わりサイン"として「無性に物を捨てたくなる」「人前で泣く」って文言があって震えた。いや、占いだし。厳密に言えばちょっと違うし。でもびっくりしたよねーーーー

蠍座は秋から12年に一度の大幸運期らしいけど、どうなるんだろうね。こうもしょっぱい毎日だと期待したくもなって占いの雑誌やサイト読み漁ってる。そこに向けて不要なものが精算されていくって書いてあるのはなんか思い当たる節もけっこうあるんだけどなー自分でも言ってるし。いいことは信じていくスタンス。

ずっと仕事行きたくない症候群が続いてて逃避のように毎日ジャニーズ観て睡眠時間削って結果寝不足つらい、って悪循環!社会人的にダメなのはわかってるけど人間保つのが先だしな。だけどずっとは続かないだろうし、軽く期待しておこう。

それはさておき。

んーまあびっくりですよね。突然番協メール来るんだもん。金曜日は「未満都市」観てー「LOVE LOVEあいしてる」観てーなんて思っていたら突然放り込まれるMステ…しかも「まえあし」ってなんじゃーい!!!!いや、わかるけど。ひらがなにするとかわいいけど。え、そんな。「俺の足に2回キスしな」の足って四足歩行だったんですか????そんな。新事実。だけど前も後ろもおなじように地面に踏ん張ってからだを支えていることは事実以外のなにものでもないですからね。いや、そういう話じゃない?最近のわたしはキスマイをすこし遠めから見ているので最近のキスマイが考えていることがよくわからないごめん。たいぴが(おそらく)スイッチにはまってることくらいしか…イカやんのかな。暇かよ。んーだけどちょうどいいかもしれないなとよく考えている。そりゃグループとして上り調子なのはいいことだけれどずっとそれは続くわけないから。追い風がないときこそチャンスが増えるというか…時間が空いていればこそ色々なものに触れる機会も増えてそれが大きななにかに繋がるかもしれない。忙しいことは良い側面もあるけれど、忙しすぎると余裕もなくしがちで新しい芽も萌さない。わき目を振らずただただ突っ走った結果、カラカラになってしまって伸びしろを失ってどこかで止まってしまうくらいなら、たとえ一度へこんでもじわじわと進んで高くジャンプアップするチャンスを虎視眈々と狙ってたほうがなんかかっこよくないですか。

だけどまあほかのメンバーがオフだったならキスマイで出れましたよねっていう。だけどそういうことでもないんだろうな。

わたしは運営が今更格差を掘り返しにきているとは考えていないですけど、色々な意見が散見されているあたり一筋縄じゃいかない事態だったっぽいね。そりゃ当たり前か。

藤ヶ谷くんを応援している身としてすごく個人的なことを言うと、「舞祭組のスタンスがああいうふうにある以上俺ら3人は当たり前にかっこよくなきゃいけない、1位をとり続けなきゃいけない」みたいなことを藤ヶ谷くんは言うじゃないですか、それがもう、しんどいって思ってて、いや、言いたいこともその想いもなんも間違ってないんだけど(モンペ)それがいつしか呪縛みたいになってないかな、彼の表現の可能性や幅を奪ってないかなとも思えて、そういう発言を見ると一時期勝手にしんどーーみたいになってた。わたしは千賀・宮田・横尾・二階堂担ではないので、彼らの担当の方が舞祭組をどういうスタンスでとらえているのか、この先どうなっていってほしいと考えているのかわからないし、そもそも格差があったという事実は変えられない以上隔たりがすごくてわかりあえなさは平行線だろうし、それぞれで色々な意見があるだろうなと思うのだけれど、わたしは、各々の仕事の種類は違えどもファンになったばっかりの頃にはっきりと目に見えていた衣装やPVや歌割りに於ける格差というものは今は特別ひどく感じていないし、だとしたらもう3:4でわけるとか(兄組・弟組はべつにあってもいいけれど)そういう名乗り方をするのとかはやめて「Kis-My-Ft2」のみを名乗ればいいのにと思っていた。そもそも7人でかっこよければいいのだから、てかかっこいいし、みんなでかっこいいキスマイを背負えばいいのに、バランスが崩れてきてキスマイってなんだろうって状況になってたと思うんだけどどうなんだろうね。わたしは藤ヶ谷担だからこう、まあ、難しいんだけどね…

あのときは戦略として必要であったかもしれないしあたらしい可能性に満ちていたかもしれないけれど、10年まであと5年、そろそろ可能性のすべてをみんなでわけあいましょうよ、と思うんですよねーーーーー

 や、べつに今回のこと、ぎゃー!!とはならなかったけれど、否定するつもりもないし、これもキスマイにとってあたらしい可能性や武器のひとつだというならそうなんだなってただ受けとるけど。ただ「Touch」はともかく「FIRE!!」はジャーニーで完結したと何度言えば。わたしの中では、だけど。だけどまあなんかMステじゃ何かが足りない!歓声や!となって久しぶりにジャーニーひっぱり出してきて観ましたけどね。あれは最早宗教…ドームのど真ん中でたったふたりで成立させることのできる宗教…あのころはすごく藤北厨だった。今はそうでもない。なんかフラット。でもかなり雰囲気変わったよなーと思うあのふたり。でもつよい。これはほんとうに今でも。

ジャーニーみたあとなんならワールドとアイスクリームも観たんですけど、去年はやっぱり近年稀に見る最高の夏だったなあって思い出して、直前まで入院していたりしてきつかったことはあるんだけど、ライブ一本の思い出だけで記憶をこんなかたちにできるんだなってことを思い出せたのが一番の収穫だった。だから今現在きついことも来年くらいには今の悩みなんて実感として痛みを伴わないくらいのものになっているんだろうなってすこし前向きに思えて、結局今回も藤ヶ谷くんに救われてしまった。やっぱりわたしの今にはキスマイが必要だ。「いいね!」からの「レッツゴー!!」のコンボでもきこーっと。無意識に笑えてなんか元気になる最強のコンボだよねーーーーーー

12年前に今日、かたちが生まれたんですね。そうかーーーわたしが若さのみを拠り所にしてちゃらんぽらんな生活を送っているさなかに、彼らはすでに将来がかたちになりはじめてたんだな。あのころじぶんがイメージしていた将来のすべてがちがうかたちをしているし、そもそも人生なんてそういう流動的なものである中で彼らはずっと継続してきたんだね。変化し、時には現在地を飛び出す道を選んでまた一から再構築できる可能性だって選択できる人生に於いて、継続してくことのほうがむずかしいと思うんだよ。すごいね。どんな道を歩むかという選択にただしいとか間違っているとかはないけれど、彼らが色々なことを越えながらずっと続けてきたその道がこうして世界の片隅でひとりの人間をたしかに救っているという事実(もちろん何万人って数のファンはいるわけだけど)は存在しているんだよ、って知ってくれなくてもいいけど、でもあるんだよ、たしかに。

下半期にしたいいくつかのこと。

 

って決めていてもだいたい気分だとか感覚だとかそういう曖昧なものを基準に生きているからできないんだろうな、と思いつつたまには決めてもいいかもしれないという気分になって書いている。2017年も半分が過ぎた。年々時の経つスピードが早くなるっていうし実感することもあるけれど、それって自分が置いてけぼりになってるんかなーなにかこう、時代の流れのスピードみたいなものに?分刻み、いや秒刻みで刻々と変わっていく情報過多な時代とかいう大きくて視覚化できないものを体感で注視することができなくなっているような。最前線の空気を掴み続けられないような。というか一切合切頬張って飲み込んじゃうってことができなくなったのかな。わたしはですが。時代を平らげるよりも明日腰痛が爆発しないかどうかのほうが大事。

この一ヶ月、通常業務に加えて大きな仕事の準備が同時期にいくつも勃発する事態に見舞われていてもう辞表置いてふらっと明日消えようかなとか毎日思っていた。要は色々重なって忙しかったってだけなのだけれど、無理とか胸の内でつぶやきつつなんとかやってるのでまだ無理ではないんだろう。がんばろう。たまに誰かほめてーーーーーーーーがんばったねって頭撫でてよーーーーーーーーーーってひとりよがり思考になるけどまあないよね。そんなもん。ああ。で、そう。下半期。

 

人生に於いて起こる偶然だとかふいによってなにかがつながる感覚がすきだ。ぜんぜん交わらないと感じていたものがふっとどこかでつながる。たとえば今までまったく読まなかった作家(興味がない、知らないじゃなくて食わず嫌いしているような)の本が店頭で急に気になりだしてしょうがなくなって読んでみたら、それが映画になって劇伴をすきなミュージシャンが担当することになっていたとかさ。なぜだか知らないけれど急に脳内に降りてきたように「エヴァ観なきゃ。なんか絶対観なきゃいけない気がする」と啓示(と書くとなんだか危ないようにも感じるけれど)をくらって観てみたら自分の人生の分岐点になった体験を二十歳のころにして以来、なんだかそのふいの感覚というものをわたしはどこか過信している気来がある。それって偶然というより知らず知らずのうちに自分が引き寄せているのかもしれないけれど、意思を持って手を伸ばしたのか、あるいは探しだしたのかというと体感的に違う気がする。どちらにしたって結局必然であったことには変わりがないにせよ、わたしの人生とこれは無関係じゃなかったんだ、って思えるものを知っていくことがすきなのかもしれない。

むかしはもっと能動的な人間だったようにも思う。まだ知らないものや見たことのないものを探しにいこうという好奇心に満ちていた気もする。能動的であるには気力と体力と時間がある程度必要だなあと最近よく感じる。年々めんどくささが増す。わずらわしいことが増える。年齢感じるわらえない。だけど仕事の場面とかだとひそかに売上とりにいくぞとかやけにぎらついたりもするからもうね。ハングリーさをなくすとたぶん目がしぬタイプ。負けず嫌いだし。そもそもわたしという人間の造詣からしてめんどくさいから生きててごめんってなる。

さて、そんなふうに生きているのにもかかわらず下半期にしたいこと。予定のない休日はほとんど家で寝ているくらいの人間なのでいきなり「富士登山に挑戦する」とかはないし、今パッって思い浮かんでいるものはミニマムなものばかりだな。

 

1:旅行にいく。

長らく行っていない、というかそもそも連休も、シフト上の休み以外に有給だとか季節休暇だとかあるのにも関わらずとることが困難なので、どうしても、というときにしかとっていない。どうしてもっていうのはライブやコミケなんだけど近年はそれもシフトずらして日帰りしてるか遠ざかってる。ジャニーズとかコミケとかそういう目的ありきの遠征じゃなくて普通に旅がしたい。今考えているのはありきたりだけどご飯がおいしい温泉か、エステとかできるホテル。そういうのでいい。というか休みをとりたいって言えるようになりたい。

2:すきなものを減らす。

すきなものが多いことはいいことだって思っていたけれど、多すぎるのもどうかなって最近思えてならない。「すきなもの」って世界とじぶんを結びつけているもののような感覚を持っていて、それが心地よかったところもあるけれど、結ぶものが多くあるほどじぶんが希薄になっていなくなる気がするからもういいかなってものは絶対あるはずなので、もうそれらとはさよならしてぶつぶつと結び目を切っていきたい。少なくてもこれだっていう濃いもので繋がってるくらいで十分かも。これはものを減らすこととも通じていて、現在もので溢れかえっている部屋に帰ることに辟易している。なんでこんなにものって増えるんだろう(買うから)。毎年年末に「これはいらない」「これはとっておく」ってかんじでわけてけっこう捨てるんだけど、いつもより基準を厳しくして年末前に実行したい。あ、それと似たようなところで、ウォークマンの中の整理。これまで使っていたものが壊れてしまい、新しく買ったときに値段に負けてGBを減らしたら足りない足りない(バカ)たまに無性に聴きたくなることもあるだろうけれども、持ち歩く曲を厳選したい。にしても10年くらい前のわたしに今のウォークマンの中身見せたら卒倒するだろうな。増え続けるジャニーズ…ジャニーズ大好きです!それでもいつかさよならするときが来るのだろうか。

3:ファッションをすこし変える。

ものを減らす話をしておいて買う話かよ。いやもう最近「わたし今日全身GUやん」みたいなことが多くてこれはいけないな、と。仕事のときなんかはそれでもいいし、GU安いし可愛いんだけど。たぶん探すことがめんどうになっているのだと思う。この年齢にしてファッション迷子になってきた。これが着たい、あれが着たいっていう強い衝動がない。そういう意識になってしまっているところがなんかもう嫌。あたらしく着たい色を着てみる、着たことのない丈やシルエットに挑戦してみる、みたいなすこしの変革を起こしたい。きれいな色の靴と色石のアクセサリーは探そうと思っている。

 4:ただしく泣く。

たまにエモーショナルすぎて(ライブ中など)泣くことはあっても、なんだろう、月並みに言うとつらいときやきついときに泣けなくなった。おとなだし泣かないほうがいいに決まっているのかもしれないけれど、もっと若いころはひとりで泣いてすっきりしてリセットする方法があったのに、最近鼻の奥がつんとしてもそのまま飲み込んでしまうことが増えた。だからそういうときにまっすぐ刺さってくるものがあってもそれにすらも素直に泣けずに飲み込んでしまっている。我慢できるようになったのかもしれないしむかしよりも鈍感になれたのかもしれないから悪いことではないのかもしれないしいい歳なんだからそらそうだよね、とも思うけれどじぶんひとりしかいないときにそうなってしまうのもなんだかなあとも感じる。じぶんにだけはもう少しそういうところを解放してもいいじゃない。うん。素直になるって永遠の命題。

 

こんなところかな。思いつくのは瞬間的だったけど並べてみると意外にない。書いて下書きに入れてまた呼び出してって書いていく途中で「いや、やっぱりそれはどうでもいいな」ってなったりwそうやっていたらちょうど七夕っていうタイムリーな日、この内容なら今日しかないだろ、って感じたのでこれでいいや。たくさんあると結局なにもできなかった…って落ち込みそうだからちょうどいいかも。流動的に日々変わってもいきそうだけど、旅行はほんと叶えたい。去年から決めている貯金をするのと肌を大切にするっていうのは継続で。

 

 あ、そうそう、関ジャニ∞の「ジャム」買いました。タイトでスマートな仕上がりなんだけど、最後まで濃く煮詰まっていて徹頭徹尾シビアなアルバム。楽しいんだけど、容赦がない。この切実さは、うーんなんだろうな。再生するたびにその瞬間から流れ落ちてしまうような、過ぎ去っていってしまうような…でも再生するごとに鮮度あるみたいな。突き抜けるところは突き抜けるのに突き抜けちゃいけないところは絶対突き抜けないバランスもすごいな。そもそもとりどりすぎてどの曲が好き、ってむずかしいけどやっぱり「今」かなあ。歌詞もいいけどとにかくアレンジが至高すぎる。菅野よう子さま!あとそれぞれの盤にしか収録されてない曲も良かったです。「ノスタルジア」にはトレンド満載感にびっくりですし「Traffic」のカッティングと歌詞ほんと好きです。

映像特典はエイターさん向きコンテンツっぽいからどうかな?とは思ったけど撮り合いメイキングにはしぬほど笑わせてもらいました。めっちゃ元気出たわ。錦戸くんかわいそかわいすぎない?フトコロノカタナは、そうだなあ、地上波のテレビを観ているだけでは知りえなかったそれぞれの人となりをすこし垣間見ることができたというかんじでしょうか。村上くんはやっぱりすごいんだ。いや語彙力、って話だけど、なんだろう、もうこのひとすごい、としか言えない。それと、わたしもじぶんの戦うべき場所で最前線に立っていたいとか思う人間なので、はっとする瞬間もあった。出会い頭の衝突みたいな共感。こういう力のもらい方、というか、思わぬところから今この時期に救いの手のようなものがあることもある。これもある意味ふいであり必要なできごとだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

#きみは正義さ

自担であるKis-My-Ft2藤ヶ谷太輔さんがこのたび目出度く生誕を迎えられた。

キスマイには、将来への期待や成長も含めて勝手ながら、そして不毛にも求めてしまうこともこれまで色々とあったのだけれども、藤ヶ谷くんに対してはこういう仕事やってほしいだとかこうでいてほしいだとかそういうことが最近あまりなくなってきた。今年ドリボがなくなってしまったことを玉森担である妹がひどく嘆いていて、その折に玉森くんがインタビューでこう言っていた、こういうことに挑戦したいと言っていたのに、と色々と教えてくれるなかで、彼女が玉森くんに求めていることなどの話を聞いて、じぶんには藤ヶ谷くんに求めるものを箇条書きにできないことに気がついた。

かつてはあったように思う。こういう役を演じているところを観たいだとかもっとこうしてほしいだとか。それはたとえば「ベストジーニストを獲りたい、殿堂入りしたい」という彼の口から語られる具体的な夢を、じぶんのがんばることのできる範囲でなら叶える手伝いがしたいというような類のものではなくて、もっと個人的な願望のようなもの。仕事の種類だけではなくアイドルの在り方として、変わってほしくないところをとどめたいとも思ったし、逆に変わってほしいところを望んでしまってもいた。

期待していたような気もするし本当はそうでなかったのかもしれないし、その両方だったのかもしれないしそのどちらでもなかったのかもしれない。そもそも偶像に希望を見出そうとすることや失望したりすることじたい勝手な発想だし、わたしがそうしたところで相手にはなんの影響も及ぼさないし、わたしの知らないところでやわらかくなったり固くなったりしては変異し、形成されていく。

こうあってほしいと願うのは傲慢だ。それでも願わずにはいられないときもある。言うまでもなくおたくはおしなべてしんどいしめんどくさい。

ほんとうは好きなことに理由なんていらないし、ありのままを受け入れることしかできないというのに、それができない時点でわたしは藤ヶ谷くんの担当、ひいてはキスマイの担当として失格なのかもしれないということはずっと考えてきた。

おそらく誰も彼もそんなファンはいらないにちがいない。わたしはひどく身勝手で傲慢だった。たぶんどこかでは今もそう思っている部分があるだろうけれど、勝手に求めて期待して勝手にがっかりするファン特有の心理にここのところ疲弊してしまっているのでまず求めることからやめたのかもしれない。けれど受け入れることとあきらめることはどうちがうのか、なにがちがうのか。今のわたしにはわからない。「すきにしたらいいよ」という言葉にはきっと二通りの意味がある。どういうつもりでそれを吐いてんだ。わからない。

さて、そうなったわたしに果たして藤ヶ谷くんの担当だと名乗れる資格があるのかすらわからないけれども、求めるものが殆どなくなってしまったからと言ってすべて受け入れられるわけでもなく、かと言って期待していないわけでも好きでなくなったわけでもないという大変めんどうな状況に立っている。ひとつだけ確信を持って言えるのは、わたしにとって彼は担当と呼べる圧倒的な正しさを持つひとだということだけだ。暴力的な言い方になるけれど、おそらくキスマイの担当を降りることになったとしても藤ヶ谷くんの担当は降りられないのではないかと最近よく考える。

藤ヶ谷くんのことを完璧だとは思わないけれど、藤ヶ谷くんの進む道に間違いはないはずだし、わたしの求めるものなんてどうでもいいから世界に求められてほしい。求められ続けていてほしい。どんなお仕事がきても彼はやり遂げるだろうし、それがどんなお仕事でもそのすべてが血肉になるならもうわたしは何も言わずに遠い場所から見ていればいいのではないかと思っている。ただ眼だけはしっかりとひらいて。

 

 重。

 

こないだ読んだまんが「推しが武道館いってくれたら死ぬ」(平尾アウリ/徳間書店/Ryuコミックス)から。

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これ真理だよね。

お誕生日おめでとうございます。30歳ですって。節目ですね。

関ジャニ'sエイターテインメントのBRを観たはなし。

他担による雑感。

 

これまでに観たことあるDVDがわりと昔のものだったので、最近の映像作品をきちんと観るのははじめてのことです。家族が買ってきたのですが、ことあるごとに「どっくんが関ジャムでギター弾いてる回編集してまとめて焼いたわたしGJじゃない?」的なこととか「最後真ん中でバンドでNOROSHIやったんだよ!はあ~かっこいい~やばい~」とかそんなようなことを言い出してたので(あっこの流れこいつやばいな??軽率に買うな??)って思っていたら案の定「買っちゃった」と。おたくの金銭的なフットワークの軽さって尋常じゃないよね。このひと着々とそういう意味でのおたくスキルあげてんなあとやばみを感じつつ、ジャニオタになってもギタリスト好きなとこ変わってねーなとひそかに笑いつつ、もちろんわたしも観たい、と。軽率に軽率を重ねていく、だいたいいつもそんなかんじで生きてるし、今回もそんな流れ。意外にそういう流れが窮地を救ったりもする。そのあたりも後述します。

作品の感想は以下ポイント的に。

 

・予期せぬオープニング映像

裏社会ものとな!!事前知識まったくなしで観たのでまさかこんなオープニング映像なんて知らなかった言ってよ!!喫煙男子愛好家としてはまず錦戸くんが現れた時点でたおれる。んで、わたし裏社会もののコミックとか好きでわりと読んだり、マフィア的なキャラクターの声優CDなんか出るとホイホイされるタイプのおたくなので、イケメン集団が実写でそういう設定でやってるとかもうしんどさの極みでした。横山さんの若頭感とか安田くんのギプス割るシーンとかツボ。

 ・「NOROSHI」〜

1曲目「NOROSHI」がまさかのドーム(しかも花道じゃないところ)練り歩き。うしろに黒服集団連れて練り歩き。輩かな?斬新だし、様になりすぎてたしむっちゃ決まってておたく特有の「待って」発動。こういうとき語彙力なくしがちなおたくなのでとりあえず「やばい」「待って」って言ってる。あと「浮世踊リビト」って曲初見だったのですが、すごくかっこよくて気に入ったので音源ほしくて調べた。「WonderfulWorld!!」のC/Wみたいだけど、それもうアルバムで持ってるからジャニーズも1曲ずつネットで買うことができればなあとこういうとき本当に思う…どうしようもないのでCD買うけど。

 ・「パノラマ」〜

 最強の男?漢?感ぐいぐい出してきたと思ったらキッズダンサーズの皆さんとかわいく踊り出すので意味がわからない。ニット帽の安田くんのかわいさ最高かな…だけどわたしが歌番組でよく観るエイトはどちらかと言うとこういうはっちゃけたカラフルなたのしいイメージが多い。ここのところの「前向きスクリーム」「がむしゃら行進曲」「罪と夏」あたりのイメージが強かったり、スペシャルとかだとズッコケとか「無責任ヒーロー」をよく歌っているからかな。

エイトレンジャーのコントを挟みつつのこのあたりは知ってる曲いっぱい、セトリとしても盛り上がり最高潮でたのしい。元々ホーンが入っている曲が多いんだなって今さら気がついたんですけど、生バンドなのでさらに映えててよきだなと。ホーンがあると単純に厚みや華やかさが増すだけじゃなくて、曲の表情や色に一筋縄じゃいかない豊かさが出るのが好きだし、聴いていても気持ちよくて好み。スカパラとコラボとかむっちゃはまりそう。あと、どうでもいいけど「T.W.L」の間奏でハープ吹き出した錦戸くんをみてブルースハープ〜〜〜〜」って叫んでたおれたことも書き加えておきます。いや、確かに音源にハープの音入ってるけども。心の準備してない状態で唐突なこういうのいきなり映るとヒェッとなるじゃないですか…楽器男子に興奮していく人生いい加減やめたい。

「I to U」〜

バンドはやるって知ってたけど、アコースティックコーナーまであるとかなんて贅沢…スカアレンジだから「言ったじゃないスか」ってセンスのかたまりすぎてまさに心はローリングコースター…こういう音楽的アプローチはクリティカルヒットすぎてね…このちょっとした遊び心を効かせるかんじがまさに音楽だなあって思うんですよね。うまく言えないんだけど、所謂抜け感というか。譜面どおりに正確に音を敷き詰めていくのも音楽だけど、アコースティックアレンジなら肩の力抜いて自由に楽しんじゃおーって空気というか。そういう空気感を含めての音楽。すばらしかった。あとまたもどうでもいいことなんですけど、大倉くんかな?曲のことを「その曲」じゃなくて「その娘」って呼んだのが個人的に1000点満点。

・「Tokyoholic」〜

セッション映像からバンドセットのセクションへ。収録されていたのは丸山くんボーカルの「粉もん」だったけどセッション映像の曲は場所毎に違うようで、特典に他の公演のものもついていた。こういうのは全公演分観たいってなるのでうれしい心遣い。セッティングにかかる時間をセッション映像でつなぐって新鮮。たぶんここの感想長くなると思います。

この「Tokyoholic」なんですけど、観たあとすぐに「なぐりガキBEAT」買ってしまった。曲が始まったときはJETの曲みたいだなあ(たぶんシャンシャンシャンにベースとギターのリフが順に乗ったせいかと)と感じつつ、メンバーの歌から聞き取れる歌詞が面白そうで、歌詞もちゃんと読みたいと思いまして。

クレジットに作詞作曲編曲:錦戸亮ってあって、ええっ、へ、編曲まで!?とびっくりしたんですが、錦戸くんは天才なんですか?そこでそのあたりのことを調べたんですが、錦戸くんがリフを弾いて、そこにセッションの中で「こういうかんじで〜」って音を乗せてみんなで作っていった、で合ってる?アーティスティック感迸ってる。あとこのアレンジにこういう歌詞を乗せるロックンロール的なセンス、天才ですか?わたしは田舎の人間で東京で暮らしたことがないのでこの歌詞を本質から理解することはかなわないのですが、あくまで想像の中での東京で生きることのすべてが詰まっている気がしています。

ちなみに最近しごとでくそってことがあったときは

そんな上から見んなや こっちも必死なんじゃ

って頭の中でリフレインしてるし、休憩のときに聴いて建て直している。わたしにはエイトの大阪時代を含めた過去のことはわからないので、それについてはなんの言葉も持たないけれど、アイドルとして華やかに活躍しているように見える彼も、辛くも生きていかなければならない人間のひとりなんだな、と思わされて心強いような気分になれる。なんか個人的な感覚だけど、ロックンロールを聴くと強気になれる、みたいなやつに近い。錦戸くんの音楽的ルーツが知りたい。

「Tokyoholic」のあとに、安田くんのギターに丸山くん、大倉くんが乗っかってセッションが始まって、これそういう演目として準備されていると思ったら、コメンタリーですばるさんが「これ準備してたと思われたら嫌だ」というような発言をしていたので(まさにそれですみません)自然発生的なものだったのか…!と知ってエモーショナル〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!ってなった。安田くんのあの目線は「入ってこいよ!」ってことで、入ってきたから楽しくてテンション爆上がりでぴょんぴょん跳ねてたって解釈でよろしいのでしょうか?メンバーも観客も乗せてからの「象」のイントロ、最高にエモかったです。

前々回のエントリー

 

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の最後に書いた「音楽的な展望」「明確な舵取り」「布石を打って事象を積み重ねること」という話はずっとうっすら考えていたことなのだけれど、エイタメを観てより強く感じたことが大きい。というのも個々のスキルをみても純粋にロックバンドとして機能していて、アイドルがバンドはじめました的な域をとうに超えているし、関ジャムを通してファンをも巻き込んで音楽への造形を深め、おそらく年月をかけて見据えてきたのがフェスへの出演(本人たちが出たいと明言していたかどうかというのはわたしにはわかりませんが)だったのではないのかと思えてならなかったので、そういう意味では道筋の付け方がうまいグループだと感じた。そこに至るまでに紆余曲折もあったのだろうし、アイドルとバンドのバランスについてはファンの方それぞれ思うことがあるのではないかとも思えるし、わたしがキスマイについて色々考えるように、担当であることでまた見える景色も違うのだろうから、これは単に外野からの意見として御容赦いただきたいのだけれど。

だけどやっぱり彼らは正真正銘【アイドル】であって【バンド】じゃなくて、だけどもバンドが武器のひとつとして成り立っていて、表現方法においてその両方からのアプローチが融合している今の関ジャニ∞、そうとうおもしろいことになっているなあという印象だった。

余談ですが、AC/DCとかアイアンメイデンとかああいうロゴ彷彿させるロゴのTシャツがバンドTみたいで可愛すぎる!!!普通に着れそう。あとパーカーもおしゃれ。パロディ系が多いのかな?アニメグッズとかもそうなんだけど、雑踏にまぎれたとき、わからない人にもあからさまに「なにかしらのヲタグッズ」とアピールしてしまうようなものはデザインが可愛かろうがなんだろうが苦手なので、現地にいたらわたしも財布開いちゃうな。

それと前述した窮地を救う、という件。このブルーレイに収録されていたコメンタリーがバラエティーとしての面ではなく、こう、まじめなお仕事の面を観れるという意味で興味深くておもしろかったよねってなったからなのかなんなのかは知らないんですが、うちのおたくが「ファンの人がおすすめしてた新年会の映像買ったよ!!」とかまたもおたくのフットワークを軽々と発揮して「なぐりガキビート」の新春盤を買うという行動に出たので、それも視聴しました。最初の、すばるさんがひとりずつ電話で「飯いかへん?」と誘うところ(安田くんに震える)からすでに楽しかったのは言わずもがなだし、サシメシと思ってきたら実は…ってわかったときの反応の違い(安田くんに震える)とか、それぞれに事前に行ったQ&Aを発表するのもむちゃくちゃおもしろかったり、メンバーそれぞれにいろいろ発見ができて良かったのだけれど、なによりすばるさんの最後の言葉の中にあった「仕事としての会話」っていうはなしが、アイドルとか書店員(わたしのことです)とかそういう職業の垣根を越えて、仕事をしている社会人としてがつんと胸に響きました。わりと最近考え込んだりくさくさすることが仕事で多かったので、いろいろと思いなおすきっかけになりました。ありがとうございます、渋谷すばるさん。あなたを尊敬します。

 

最近の映像作品をいろいろと観ていきたいな、というところではあるのだけれど、今月ちょうどアルバム発売を控えているのでそれを楽しみにしているところです。とりあえずまずジャケットがめちゃくちゃセンスいいな〜かわいい。アナログ盤サイズで部屋に飾りたいくらいに。

 

 

 

Kis-My-Ft2『LIVE TOUR 2017 MUSIC COLOSSEUM』に行った。

まだツアーはじまったばかりなので、これからどんどん修正点が出てくるのだろうが、わたしはこの公演が最初で最後、5月21日のエコパ二部で観たものがすべてなのでまだ序盤だからとか言う気もないしだからなんだよ、って思うし、序盤とオーラス付近とか、そういうスケジュールで2公演とか入っていたドームコンで「まあまだ始まったばっかりだし」とか言ってたのがそもそも甘やかしなのかもしんない、って思ったことなどを踏まえていろいろ書く。トゲも毒もあるけどキスマイが好きなことには変わりない。復活当選で行けただけでも幸運っていうのも死ぬほどわかっているけど、だからってそこにぜんぶ寄りかかって目をつぶるのもちがうかな、って思う。

 

※ネタバレ注意※

 

去年『I SCREAM』のライブについてのエントリーでも書いたのだけれど、基本的にライブはどこの席にいても楽しめることがまず大前提、と思っているので、その点に関して言えば今回はもう大減点だし、入場した瞬間に席によって「あっ……」ってなるのでもはや本編の構成云々の話じゃなくてその前段階で観客のテンション下げていませんか?と思う。そりゃ「キスマイGO」言ってもらえなくてもしょうがない部分ない?センステのみにして360度観客のセットは今回のツアーのテーマに関して言えばわかりみあるし、納得だった。なにがしたいかも明確にわかる。ただつくりが悪い。他のアリーナがどうなのかはわからないけれど、まずステージが低い気がしたのと、セット上部や上下可動式のスクリーンはスタンドから観るとかなり視界を遮らないのか?という疑問と、闘技場に見立てた四隅の柱はアリーナもスタンドも席によっては相当ストレスにならないだろうか?ということ。実際円の外側あたりの席に入ったのだけれど、柱くっそ邪魔で視界が悪かった。ステージ中央に集まるとなにしているのかわからない。それでもわたしの席はまだ恵まれていたほうで、おそらくアリーナでもステージから離れるほど本当に見えなかったんじゃないかと思う。ただこういうセットはドームではできないだろうし(演出込みで)、アリーナツアーだからこそやりたい、という気持ちや気概を汲みたいところもあるし、たとえ外周がなくても近くに来なくても、ライブ自体がめちゃくちゃ良かったらそれはそれでいいと思うけど(わたしは、だけど)パフォーマンスの全貌がまず見えない、というのは「んんwww」というかんじ。というのもOPからセトリがすごく良かったから余計に。

今回「Tonight」ではじまって「EXPLODE」に流れ込んだりしたらすごくかっこいいなあと思っていて、それはちがったけど「Overture」→「EXPLODE」→「Tonight」→「FIRE BEAT」の流れがすごくよくて「それ!!!!!!!!」とかなったし気持ちがかなり持って行かれたけど、この流れならほんとがしがし踊るキスマイが観たかったんですよね…いや柱のむこうにちょろちょろ見えたよ…それにバックがトラジャっていうのは事前に知ってたしこのアルバムでトラジャならきっとかっこよくなるな!とかダンスで魅せてくるだろうって思ってたし、こういう流れや曲で踊るトラジャも観たかったんだよ…だってトラジャどちゃくそ踊りうまいじゃん…かっこいいじゃん…ちょろちょろ見えたよ…キスマイもトラジャもがっつり踊ってて「ヤバイ」ってなったけど、一部分しかわからないからほぼスクリーン観てた。そうじゃない。キスマイは自分たちの正しい見せ方わかってるのかなっていう疑問がわいてきた。このセクションってほぼ一番の見せ場じゃない?このセトリでさあ!!!全員でしっかり踊ってるところ観てもらわなくてどうすんの???????キスマイは踊ってなんぼだろって思うんだけど、わたし背が低いから、もしかしたらほかの皆さんはきちんとダンス見えてたのかもしんない、って今思った。ただケチつけてるだけになってたらごめんやで。んーでもアリーナ規模の会場ってジャニーズでは片手くらいしか入ったことないけど、これまで席がスタンドだろうがアリーナだろうがここまでのストレス抱えた記憶ないなー

今回で言えば円の内側とかステージ真横のスタンド前列に入った方は見えたのかもしんないからそういう席入れば見えるのかもだけどそれはちがくない??ドームツアーとちがって複数当選とかまずありえないし、一回が最初で最後って場合も往々にしてあるツアーで「どこから見ても楽しめる」じゃないのは致命的だ。いや、そもそもどんな会場だろうが多ステ勢が多かろうが関係なくそうじゃなきゃいけないはずなんだけどね。近いとか顔が見えるとかそういうことじゃなくてひとつのエンタメとして。

だいたい「近くにいきたい」とか「近くにいくよ」ってことにそんなに意味を見出しているキスマイがよくわからない。よく内輪で出る話なんだけど、近く近く言うけど前に何度かやったリリイベとかハイタッチとか、当落ありきでごく一部のファンの近くに行って満足してるだけなのでは?と思う。ドームでやればやるほど、活躍が増えれば増えるほど遠くなったって言われがちなのを気にしていたり、ファンの近くにって気持ちはわからなくもないし、アリーナに回帰してライブを作りたいってのもわかる。キスマイがやりたいんだから受け入れようと思ってたけど、近くにいきます(物理)はあまりにも短絡的すぎる。個人的には近くに感じるか感じないかって、精神的なものだと思う。どれだけファンの気持ちを汲みとれているか、どれだけファンが彼らの気持ちを汲みとれているかってことじゃないかなー

もちろんすべてのファンの希望に添うことは無理だし、ファンもタレントが自分の望む姿じゃないからって文句つけまくるのはちがうしもう降りろよってことにもなるけど、すこしの矛盾なり失望なりを抱えながらも、好意や理解や想像で信頼関係はそれなりに築けるじゃない。キスマイはわりとドライなアイドルで、ファンとの関係も一定の距離をとりがちだけど距離と信頼関係は必ずしもイコールではないでしょ。キスマイのドライさを否定する気は毛頭ないし、彼らとはそういう関係性を築いているって思ってるからつねにべたべたされても「は?」ってなるし、これはこれでいいんだよだけどそれってまずきちんと土台ができてる上に成り立っていること前提の話だし、そもそも我々って信頼関係あるのかな?って思えてきた…

そりゃ物理でたいぴに近づかれたらしぬし、今回だってアリトロんとき崩れ落ちたくらいにしんだけど、だから「ライブ楽しかった!!全部許せる!!」とはならんよな。イケメンだってことは近くで見なくても知ってるよ!!!

でも前半のセトリはすごくよかったと思う。このあとの「Bang!Bang!BURN!」まで一気に駆け抜けたかんじはキスマイといえばこれ、って魅力を凝縮したようなターン。なんなら中盤の「いいね!」までも流れとしては悪くなかった。MCに挟んだ新曲「PICK IT UP」もむちゃくちゃ良かった。ピキラ大好き。

でもワナビと運命Girlのリミックスの良さはわからんかったごめん。なぜ混ぜた。マッシュアップとかみたいに「え!すごい!!」って驚きを与えるものでもなくて交互に歌ってるだけのようなもんだし、1曲でやったほうがましだった。なんだなんだ…?時間短縮…?と置いてきぼりくらう。

やっぱり曲を大事にしてほしいということを常々思っていて、せっかくいい曲もらってるんだから、どこに配置してどう見せるかどう使うかってことに光るものや成長を感じたい。こういうのは彼らのセンスや自分の好みで左右されちゃうことだし、単に一ファンのエゴを押し付けているだけにすぎないとも思えて悩ましいけれど。でも絶対どっかにあるはずってわたしは信じてるんだよね。昔の曲、好きな曲をやるやらないっていうところを超えて「ぼくがかんがえたさいきょうのきすまい」的なセトリ。本人たちとファンのそれと気持ちが合致するような。去年の「I SCREAM」は当時のキスマイで考えたときに、それに近いものになったと感じているんだけど今年はぶっちゃけ後半がまたもだれ気味だった。コントやたまっちで一旦クールダウンして、組曲のかっこうで「レッツゴー!!」までが「緩」の部分で良かったのでは。そのあとの藤北着替えの意味ある?着替えに時間がかかるっていうのを加味しても、ライブなんだからギアチェンジは音楽でするべきなのではないか。番組のEDのようにコントタイムを「レッツゴー」で締めたならそこでゆるい時間は終わりでいいんじゃないかと思った。このへんは前も下手っていうか、おなじように感じてもやったことがあるんだよな。コンサートってストーリー性があるにしろないにしろひとつの創作物であるべきで、連続性の中に気持ちを置くからこそあの2時間3時間を空間として楽しめるのではないのかと思うし、だからこそひとつの作品としてつくりあげる意識が必要なのではないのかね。

トラジャのダンスタイムはすごく良かったけどもう少し使いどころというか、2時間半という時間の中でもうすこし的確な時間の割き方や置きどころがあったのではないかという気がしてしょうがない。もうトラジャやトラジャ担に呆れられてないか考えちゃって心臓痛かった。トラジャについてもらった意味(白目)あと「OneKiss」のあの使い方も解せぬ。

ただ「Gravity」→「r.a.c.e」は良かった。かっこよかった。これドームならやっぱりこの曲で特効ってポジションのところかな。全体通してこのライブにあたっての選曲自体はシングル多すぎかなって印象はあってもそこまで悪いとも思えなかったし、単に並べ方や構成力、時間の使い方あたりに反省点を抱えている気がする。個人的な願望を口にすれば「Baby Love」はまじで聴きたかったけどな!!まあでもこのかんじだとドームツアー控えてるでしょ。おそらく。ソロもやらなかったし。

行けただけでもいいとか当選できなかった人もいるっていうのは重々承知しているから、こんな感想書きたくなかったけど、6年目にもなってクオリティが安定しないというのはいかがなものなのかな。極端に言えばたとえプライベート的な面や画面に映っていないところでの人間的なマイナスがあったとしても、パフォーマンスやクオリティでがっかりさせられなければわたしはキスマイにお金を払い続けられるし、それだけ期待もしているんだよ。ライブやリリースしてくるものに好みの差はあってもクオリティの安定という面で納得させることは不可能でもなんでもないと思う。やりたいことをやってほしいし、やりたいことを詰め込むことも構わない。だけどどう見えるか、っていう客観的な視点がさすがに欠けているようにしか思えない。

ぶっちゃけパフォーマンスやクオリティ、楽曲に関してのみに特化すれば自分の好みにより近いグループはジャニーズの中にほかにもいくつかあるし、いろいろ考え尽くされて計算され尽くされているな、うまいなって思うグループもある。だとしてもじゃあ、そっちに降りるって選択がこれまで生まれてこなかったし、それでも担当って思うのはキスマイしかいなくて、キスマイが好きなんだからもう意味わかんない(泣)べつに比べるつもりもなくて、やり方はそれぞれだとは思うけど、こうしてなにかを魅せていく職業にあってなにが欠けているのかなにが足りないのかっていうのは共通しているんじゃないの。だってエンターテインメントじゃん…

 キスマイのことできない子たちとは思ってないけど(そもそも思ってたら好きじゃない)「やればできる子」みたいなところからはそろそろ脱してほしい。急に高くとは言わないが、ある程度の水準で「やってあたりまえ」のラインを保ち、そこに毎年スキルをプラスしていくくらいでないと、ジュニア含めて下からの突き上げも厳しいジャニーズ界隈でも、さまざまなJ以外の男性グループが乱立するアイドル界隈でも出し抜かれて埋もれてしまうぞ…!と思わずにはいられない。

 

Kis-My-Ft2『MUSIC COLOSSEUM』を聴いた。

届いた日にひと通り聴いて、そのあと職場に向かう車の中で毎日流している。

アリーナツアーを全外しして管を巻いていたところ、うちの玉森担が復活当選を果たすという奇跡を起こしたので休みをねじ込んだはいいものの、静岡なのでとりあえずガンガン聴こうぜ!のスタンスで急いで体内に全曲を取り込んでいる最中。

正直なところあらかじめしていた試聴の段階では「???」と思っていた。よくわからなかった。キスマイ、いつも今回は攻めたっていうじゃん?(キスブサのたいぴ風)試聴だけじゃあまりそれわかんなかったんですよね。「MUSIC」なんて冠してるわけだから音楽的に攻めたのかなってスタッフブログから考えてたんだけどもしかして違うのかな、プロデュースするって新しい取り組みのことを言っているのかなと思ったり。自分の捉え方や汲み取りがうまくいってないのが大半の原因なんじゃないかって知ってるけど。なんだかここのところずっと雑音が多すぎた。

まあそれは置いといて。一枚通して聴くと試聴とかなり印象が変わるということはよくわかった。もうぜんぜん違う。『I SCREAM』が試聴だけでがっつり掴んでくるほどのわかりやすい開放的でキャッチーな作品だとしたら、『MUSIC COLOSSEUM』はもっとひねりをくわえた「ああ、これがあなたたちのMUSICなのね」ってこれは音楽だねって言える意欲作なんじゃないかと思う。

さいしょに感じたのは、イヤホンなしのスマホで聴いていたときは気がつかなかったけれど、すごく音が作り込まれているなということ。車に搭載された普通のプレイヤーでもわかるくらい、きっちり作ってある印象だった。もともとAvexお家芸的サウンドの曲をたくさん作ってもらってきたキスマイだし、今回も例に漏れずそうだしやはりAvexさすがって感じるんだけど、いつも以上にフックが多いというか、今のとこの音おもしろいなって感じる場面が多いような気がする。

誰がどの曲をプロデュースしたのかは予想でしかないし、ぶっちゃけこれ誰かわっかんないなーって思う曲もあるんだけど、ここまでよく統一感持たせられたと感心する。去年のソロ曲7曲にみえた個性って明らかにばらばらだったけど、Kis-My-Ft2の楽曲を、となったときにアルバム一枚の中にさまざまなテイストを交えつつ違和感なくそれぞれがおさめることができるって要は7人の「Kis-My-Ft2の進むべき方向性」がおなじ矢印、スタンスで共有されているということなのではないかと思う。安心した。ほら、キスマイちゃんってけっこうひとりひとりがインディペンデンスなかんじだから…

とりあえず総評のようなものは以上で、恒例(2回目)の全曲レビューなんかを書きたいと思う。

 ***

1.Overture~Music Colosseum~

まさかの歌入り。もしかしなくてもこんなのはじめて。選びきれなかった曲からサビをもってきたのではないか?ここまでovertureにはっきりとしたコンセプトを提示したのもはじめてかもしれない。狼煙とかほら貝とかそういう開戦の合図のような意味あいを感じる一曲。

2.EXPLODE

「Tonight」から地続きの低音聴かせ系かと思いきや、アレンジ工場か?と問いたくなるほど色合いの変化を詰め込んだ面白いリード曲。だけど曲全体にまっすぐ強い筋がきっちり通っているので最後まで崩壊することなく聴かせるわあと思った。安心と信頼のJazzin`park。イントロ前の導入部分も期待感高まる。歌詞とダンスもつよい。衣装はちょっと笑っちゃうけどな。

3.VersuS

まずイントロが良い。今このイントロ鳴らすアイドルいます?キスマイしかいません。ヒップホップっぽいサウンドに和のテイストを組み込んだセンスや、マイクバトルならぬダンスバトルやっちゃいそうな兄組VS弟組って考えると千賀さんじゃないかと思ったけど、彼はほかにもこれかなって候補あるのよね。ヒップホップというと二階堂くんってイメージもある。ただファンクではないからな…サビの爆発が最高にエモーショナルで1曲目からここまで流れはまさに攻めているんだなと思えた。

4.いいね!

「いいね!」ってものすごく現代的なタイトルに笑う。こういう宴会的応援歌な曲は今キスマイがやるべき楽曲なのだろうか?とはじめは考え込んでいたけれど、キスマイがただただいいね!いいね!と言ってくれる様相に仕事つらい症候群の全俺が泣いた。やはり彼らはアイドルだった。ラテンノリって「Forza!」くらいしか覚えないので、単純に考えて5人の中にラテン系好きな子がいるのかしら…?千賀くんと別の曲に明らかなチョイスを滲ませている宮田くんを除くと3人だけど。というか花金って今使うんですか?いいね!ってリアル現代なワードを発しながら90年代みのある「花金」って言葉をチョイスしている絶妙なバランス感覚いいね!

5.レッツゴー!!

いいね!からの流れが秀逸。レゴバッドマンの主題歌ってこともあるのか、このアメコミ感ね!アホっぽさ(褒め言葉)さえ感じるような突き抜けるほど前しか向いてない歌詞と遊び心のあるサウンドの融合はキスマイがわりと歌うトンチキ系ポップの流れを汲んでいるんだけど、生バンドっぽいギターロックに箱から溢れてくるようなキラキラが揺れるデジタルサウンドが絡む音作りはガチ。頭からっぽにして楽しめる多幸感はちょっと泣きたくなる。

6.SEVEN WISHES

イメージと主観の話でしかなく長崎に住んでいるひとには申し訳ないはなしではあるけれど、『INTER』でイントロを聴いたときに「ああ!長崎わかる!」って思った。長崎ってそれこそ日本にはじめて異国の風が舞い込んだ場所って印象なのでこの異国情緒な匂いがするイントロがすごくしっくりきた。歌詞がやさしいのでつらいときにそのまま旅の支度してそのままふらっとどこかに、誰もわたしを知らない場所に行って充電したくなる。

7.優しい雨北山宏光

HusiQ.Kさんのメロディメーカーぶりがまた発揮されてしまった…(歓喜)「なぜ僕たちは出会ったの?」から畳み掛けてくるところが胸に来る。これはもうセンスに拍手を送るしかない。

8.One Kiss

この曲ほんとすばらしいんだけど。もうね、キスマイにはこういうのやってほしいの。ガチガチのデジタルやエレクトロ系だけじゃなくてハウスもいけるじゃない。もうね、こういうとこなの。キスマイすきって思うのは、こういうのさらっと取り入れてやっちゃうとこ。前回の「Flamingo」のような立ち位置かなって思ってる。こういうクラブミュージックやEDM界隈における世界規模な流れをキスマイに連れてくるのって誰だろう。最初やっぱり玉森くんかなと思ったんだけどあまりにもらしすぎてちがうか。千賀さんもありそうなのよね。そしてキスマイとAvexの相性の良さを感じずにはいられない。

9.Sha la la☆Summer Time

これは『I SCREAM』から繋がる曲だと思っているので、『INTER』を起点に流れ込むアルバムを作るなら外してもよかった。曲のよしあしではなく、単にコンセプト云々のはなし。

10.Camellia(玉森裕太

まさか玉ちゃんのソロ曲の歌詞に泣かされるとは思わなかった。こういう歌詞を歌うイメージがなかったしサウンドもどこか懐かしいJPOPみのある曲を選ぶとは意外。「リバース」の浅見先生にもみえる玉森くんの成長の上昇度を考えると今だから歌える曲なのかもしれない。

11.Baby Love

正統なファンクかと言われると首を捻らざるをえないところもあるけど、あえて言うならこれはキスマイ流ファンクなのでは。ファンクのリズムにエーベサウンドを落とし込むとこういうかたちになるっていう。だけど通常盤にしか入らない曲を選曲するかなあ。ただこれまではボーナストラックという位置づけで通常盤の最後にのみ収録してきた曲をアルバムの中に組み込んでくるってことはありえるかもしれない。ヒップホップが二階堂くんって思ったのも同様の理由なんだけど、個人的には彼にはブラックミュージックのイメージを感じる。通常盤にしか収録されないことがもったいないくらいの傑作。

12.キスしちゃうぞ

このチョイスは宮田さんしかありえない。乙ゲのキャラソンか。これが仮にほかのメンバーだとしたらそのとんだいかれっぷりを愛せるし、予想どおり宮田くんならこのアルバムにこれをぶっこんでくるブレのなさを愛せる。自担の台詞が無駄にイケボでいろいろしんどい。くそまじめな顔でやってるんだろうなーって想像するとまじしんどいかわいい。

13.Life is Beautiful~大切なあなたへ~

非常にたいぴらしいバラードでいいんじゃないでしょうか。”また明日ね。”がよいと思います。去年の「You`re Liar♥」にみえた片鱗とは両極端な世界だけどどちらも彼が抱えているものなんだろう。

14.君のいる世界

緩急の緩の部分がここしかないくらいに、ソロ曲を抜くと11曲目にしてようやく息継ぎの時間がやってくるというかんじ。既存曲なんだけど安易にラス前とかに置かない並べ方が効いてる。

15.Bang!Bang!BURN!

これまでに比べてギターサウンドの割合がなかなか多いこのアルバムの中で、その方向に思いっきり舵を切って疾走するロックに乗ってくるメロディラインが歌謡曲。こういうロックって90年代のJ-POP、J-Rockでよく聴いたのでそのころに青春を過ごした同世代のメンバーが選んでいるのでは?と考えると兄組なんだけど後半のほうはとくに誰がチョイスしているのかむずかしい。ラップのあとにはじまる「移り気な~」からのメロディは神がかっている。

16.r.a.c.e.

そもそも二次オタ的観点で「勝利を君に捧げる系男子」がすきなので、「この勝利をキミに」っていうのがパワーワードすぎてしぬ。ドームならいつもの特効打ちまくりパートにこれを据えてがしがし踊るんだろうな。

17.Tonight

『INTER』とこのアルバムを媒介する1曲っていうのがアルバムの中に入ってより鮮烈になった。”INTER"ってワードの中にどれだけの意味が込められているのかなって考えたとき、まずそのまま”埋葬”だとして、5周年でこれまでのキスマイは一旦完結っていうのもわたしはすきなんだけど、2枚のアルバムの中間点、媒介ってところからとった「INTER」も含んでいるとするとやっぱりこの曲が核だったんだなと思う。うたコンで披露したときに「えっこの年齢層の中これ歌っちゃうの?」って気を揉んだのだが、あそこであれを歌ったキスマイを観て、今年まさかこの曲で紅白あるんじゃ…となぜか急に感じた。なぜだろう。たぶんそれくらい強かったんだと思う。あのMステを思い出す強さに近いもの。あと歌番組で披露するとき、しっかり歌ってると「go in 強引 go win the hard way」の部分のすごく気合いと力がはいってるんだけど若干力み気味で投げ捨ててる感じにもなってるなんかすごくキスマイってかんじはいつも笑えるしすきです、ってなる。

18.Dream on

オーオーセクションきたーーーーーーたぶんこれうちらがやるやつ。壮大なロックチューンで締めるのははじめての試みでは。キスマイ、ロック好きなメンバー多いんだね。ただなーこれいろいろ大丈夫?なんかいろいろ噴き出して大事にならなければいいけど…

 ***

まとめ。

ジャニーズはアイドル集団だし、そこに属するキスマイもアイドル。ずっとむかしはただきらきらと笑って応援歌やラブソングを歌っていればアイドル像は守れたのかもしれないし、それでよかったのかもしれない。そのかわりに、アイドル、というレッテルを貼られてしまうことからは逃れられないことだったと思う。この『MUSIC COLOSSEUM』はそのレッテルをアイドル側からばりばりと剥がして、キスマイのやり方で壁を越えていこうとする気概を感じるアルバムだった。いろいろな先輩Gが切り開いてきたそういう流れをキスマイも踏襲しようとしている。10代が賞味期限だったかつてに比べて長く前線で勝負しつづけることができる時代になったぶん、どこでテンプレートなアイドル像から脱皮するか、どういうかたちでそれを達成し世間に相対していくのかを模索していくにあたり、音楽の存在は重要なファクターのひとつなのだと思う。アイドルといってもやっぱり曲を選んでレコーディングしてCDにして世に送り出す以上、音楽的な展望が必要だとずっと痛感している。キスマイはデビュー年数で言えばまだ若手Gでも、デビューまでが長かったこともあってすでに30代のメンバーが3人いるし、本人たちとしても過渡期に入っていると感じているんじゃないのかなと思える。

もともとキスマイがAvexとともに繰り出してくるサウンドに引っ張られた面も大きく、音楽などとっくにジャンルレスなのだとキスマイに教えられた身としては、さらにステップを上がろうとしていく彼らの姿勢がみえるかぎり、その変革と進化を受け入れ続け一緒に楽しんでいくつもりだ。

ただ、垣根を壊して挑もうとするアイドルのすがたがなるべく多くの人に届けばいいのに、と勝手に願う一方で、そもそも彼らはどこに向けてこれを届けたいのだろう?と思うときもある。ファンはもちろん前提として、そこだけに届けばいいと考えているのか、そうじゃないのか。キスマイはまだそこが見えにくい。明確な舵取りができていない気がする。だからこそもったいない。今以上に届くべき場所に届いていないのでは。そういうことはもちろんすぐにできるものではなく、ある程度年数をかけて向かいたい場所や「こうしたい、なりたい」と望む方向に布石を打ち、経験値を積み重ね、単発や突発的ではない事象を獲得していく必要がある。5年をかけて構築してきたものが去年のアルバムとライブだとしたらあれはそうあるべき到達点に達していたと思う。ここからは10年経ったときにキスマイがどういう存在になっているか、そのはじまりの第一歩としてひとまず彼らが打った最善の一手がこのアルバムだとわたしは感じている。

 

 

MUSIC COLOSSEUM (通常盤)

MUSIC COLOSSEUM (通常盤)

 

 

鉄血のオルフェンズ終わっちゃったねってはなし。

最終回が終わって一週間近く(既に現在は二週間経過している)経とうとしている。「3月のライオン」とともに半年間きっちり見続けました。こんなに真面目にアニメ観たのは久しぶりだよ!どちらもかなり心のひだを揺らしてくる作品だったからしんどかったけれども。ちなみに2クール目のはじめあたりでユーリも一気観したからそのころ精神的ダメージすごかった。

思えばオルフェンズを観始めたのは2期直前にキスマイの宮田くんが出ていた特番を観て魅かれて1期を観たことからなんだけど、本当におもしろくて夢中になった頃のことを思うと、ここ最近の月曜日はいつも鬱、みたいな展開になるとは予想できなかった。わたしはガンダムに明るくないので、こんなもんやでって言われたらそうなん?としか言えないんだけどそのあたりはガノタの皆さん的にはどうなのでしょうね。

一週間経つんだけど今も虚無&虚無ってかんじ。とりあえず完結するまでは多くは言うまいって思ってたけど完結したから、なんとなく思ってることを書いてみる。

うーんと、まずは、鉄華団としてはなにも引っくり返らないまま終わったなあ。

一視聴者としては、どこかでかならず一矢報いる瞬間があると思っていたんだけど、なかった。ただのひとつもなかった。わたしがそれを信じてたのはたぶん、シノがダインスレイヴを打ち込もうとしたあたりまでかなあ。あれが完全に成功してラスタル&イオク様を葬れるとは思っていなかったし、シノヤマ(あえて書いていく)による露骨なフラグが失敗の予感しかさせなかったし、教科書どおりのフラグ回収を鉄則としているようなオルフェンズのことだから、まあ予想は容易だったけど、なんらかの楔にくらいはなってくれればって願ったけどそうでもなかった。このあたりから活路を見出す→失敗で誰かの死か損害のループになってきて、こちらとしても「こんな作戦あるぞ」とか「金あるぞ」とか言われてもあーはいはいこんなうまくいくわけないからどうせぬかよろこびに終わるんでしょって気になってきて、もう絶対悪いことが起こるのはわかるからストレスマッハってかんじで、結局そのとおりになって救済されないストレスがそのままストレスになり月曜日に鬱となって襲い掛かるっていうのがパターン化。まさにアニメ的なご都合主義はいっさいなくひたすら現実のやるせなさを見せてくるアニメを観て現実に立ち返っていくのはわりとしんどいよね。

1期の観たときの感想の記事を読み返すと、全滅ENDになりそうだったのにラストぬるくない?あんなに都合よくいく?とか言ってるので、まあいつのときも視聴者(てかわたし)ってやつは勝手だなと。でもあの1期のラストがあったからこそ、これは生きていく物語だと思ったんですけどね。いのちの糧は戦場にあるというから、生きるために戦うんだって思い込んでた。だけど戦うんだからそりゃ死もあるよね…それしか前に進む方法を知らないんだから至極当然か…

ただ、引っくり返せなかったとは言ったけど、最後の希望だった地下通路は生きていたし(実は使えませんでしたってなるんじゃないかってわりと本気で思ってた)大半が生きてクリュセに到着してIDを書き換えて新しい人生を踏み出せているのはある意味引っくり返ってるのかもしれない。

今、全話リストを眺めつつ、さっくり振り返ってみると、いちばん悲しかったけど二期でいちばん好きな話は第40話「燃ゆる太陽に照らされて」かな。あんなに二次キャラを憎むことがあるのかっていうくらいイオク様が許せなくても、姐さんの「輝くためさ!」にしびれすぎて泣いた。名瀬さんが跡目争い?というか抗争で退場するかもってことは濃厚だったから覚悟もしてたし、つらいけど40話はそれも含めてストーリーとしてすごくおもしろかったなあと今思う。 

ただラフタは鉄華団に入るもんだと思ってた。愛のために恋を選ばない、みたいな選択の果てにあんなことになるなんてショックの極みだったんだけど、ラフタじゃなかったらアジーさんだっただろうし、どのみち道筋は変わらなかったんだろうな。

特番で号泣していた向さんを見て、死んじゃうのがラフタだったら最大に凹むなあと思ってたんだけど、そのとおりになってしまった。

じぶんのツイッターを見返してみると38話のときに「オルガが一生後悔する選択になるんじゃないか」みたいなことをつぶやいている。なにを指してるのかは今となっては定かじゃない。おそらくマクマードさんに盃を返したことと、火星の王の話について名瀬さんと話しているところ、MA戦で三日月が足をもっていかれる結果を招いたことまとめてだろうな。一概にオルガが悪いってわけじゃないんだけど、ユージンが言うようにぜんぶ背負っちゃってがんじがらめになってるというか…41話でマクギリスにすがるみたいに「使い道はあるか」ってオルガが言ったときにはもはや「これ精神的自殺だろ…」ってやばみを感じたし、ユージンが「考えはおなじなのか」って問うたときに「そうだ」って言ってたのやけくそ感否めなかったよ。そのあと「名前がなんでも場所がどこでもバカ笑いしたい」って腹を括ったのは良かったけど時すで遅しでもう時代の大きなうねりに巻き込まれていく(マッキーが意図的に引いた引き金とはいえ)しかなかったように感じる。オルガが悪いわけじゃなくて、もうどうしようもない流れ。そういうのって歴史の中でも何度も繰り返されてるやつ。なんかもう新撰組みたいだなって。あんまりくわしくないし薄桜鬼と燃えよ剣の知識で言ってるごめん。

こういうかたちで敗者として描かれるのはいちばんきつい。正義と悪じゃなくてほんとに勝者と敗者でしかないから。結果的に敗者となった鉄華団の誕生から見てるわけで、生活があって家族があって生きていくための戦いがあって守りたいものがある、それを4クール分知っているからこそのやるせなさね。

つーかオルガなんてあの終盤でモブにパンパンされたんだぜ…あのオルガ・イツカだよ!?ほぼ主人公だよ!?任侠ガンダムって言ったってそんな退場ある???殺せばいいってもんじゃない。てっきりノブリスが指示したのかと思ったんだけどモブが勝手にやったとか…忖度かよ…というかなぜ防弾チョッキを着ないのか。なぜ鉄華団ブルゾンを着ているのか。ねえ国際指名手配されてなかった…

トーリー上全滅ENDでも仕方がない状況になってたしそれならそれでもいいんですよ、オルガが死ぬこともべつにいい、だけどそれでも見届けようってこっちが覚悟して作品に向き合えるような描き方ってもうすこしあるんじゃない?ってあのときは本気で冷めた。殺せばいいってもんじゃない(二回目)たしかに現実的に人は死ぬときはあっけなく死ぬし、いくらリアリティを描こうとしているとしてもやっぱり物語を作っている以上多少はね…現実にありがちなことを日常話でない物語に落とし込むうえでうまく昇華できていない気がした。

まあざっくり言えば生き抜いた結果なんだろうな。果たすべきことを果たしてそれぞれがいのちを使いきったんじゃないかと思う。これから新しい道を歩いていくメンバーはきっとまだ道半ばで、これから果たすべきことがあるってことなんじゃないのかなあ。と言ってしまうと三日月と昭広は戦場でしか生きられなかったってことになっちゃうから悲しいんだけど。だけどバルバトスもグシオンも最期の最期までほんとうにかっこよかった。

いのちを使いきるってけっこう自分の人生の命題でもあって、よく人間は脳の能力を10%も引き出せないみたいな話を聞くけど、それを11%にするくらいにはもがいて生きて死にたいと思っているので、わたしの解釈でしかないにしろ、そのへんは響いた。

響いたと言えばライドの選択も。ライドが進みだした人生はオルガが身を挺して守ったものだし、復讐なんて誰も望んでも喜びもしないって本人もきっとわかってるんだろうけど、落としどころがつけられないからああするしかないんだろうな。行動はべつとして、その気持ちは世間のスタンダードにおける善悪や正誤じゃはかれない気がする。

鉄華団に関してはそんなかんじかな。あ、あとユージンはクーデリアの右腕になってたけど、彼に関しては生き残るだろうって「見えない明日で今日をすり減らすんじゃねえ」って台詞で確信した。2期中一番すきな台詞。おやっさんの「考えることやめんじゃねーぞ 」もすき。たぶん道をわけたのはこういうところにあるかもしれない。

いまからNLの話に触れるので嫌な人ごめん先に言っときます。

あのあとユージンとクーデリアってなんかないかなって。いまのかたちがクーデリアにとってはしあわせだとしても、べつのかたちのしあわせの可能性もあっていいんじゃないかな。クーデリアはアトラも三日月のこどもも守るって約束してたしそうしてるみたいだけど、そんなクーデリアを守ってくれるひとがいてほしい(個人的願望)こっそりミカクー勢だったんだけどさ…途中で撃沈したからさ…まあみんな愛、みんな家族でいいんだけどね。

クーデリアは成長したのに二期ではほぼ蚊帳の外になっててクー様勢としては残念だったし「わたしだって鉄華団の家族だったはずなのに」ってつぶやくところは切なかった。賛否あるみたいだけど3人でハグしあっているところわたしはきらいじゃない。まあ「クーデリアさんも三日月の赤ちゃん作りましょう!」はちょっとあれだけど「約束ってあるといいなって思って」って三日月が言うのは意外だった。でも約束って残酷でもあるな。

結果的に三日月はこどもがいても遠くにいってしまったけど、彼なりにそれによって繋げるということができたんじゃないのかなと。世代という意味でも人との関係という意味でも。とはいえオルガありきの人生だった本人は無自覚なんだろうな。オルガとの出会いがじぶんが生まれたとき、最後は「とっくに辿りついてた」だし…そんなんほんとうは「なに言ってんだおめーこれからだよ!」って肩揺さぶりたかったけどさあ…

ここまで書いて下書き保存しているうちに、Twitterでクーデリアとアトラが同性婚していたという事実をトレンドで知って頭抱えた。

同性婚があたりまえの世界ということ自体はいいんだけど、それならシノとユージンの回想でユージンが「えっそういう?」って言ったのはなんだったんだ。認められてる世界なのであればそこでユージンが疑問を呈する描写はおかしくないか?シノがおっぱいに埋もれて死にたいって言うほど女好きだったから?

もっと言えば怒りの中で生きてきたマクギリスってなんだったの???だからこそのあの精神的な成長とまっちゃってるマクギリスが生まれたのではないのですか。

ユージンの台詞もそうだし、マクギリスの設定からしてまさかそんな世界だなんて思えなかったんだけどね。思い切り男女の恋愛だの結婚だの描いてましたやん。なんなら今、名瀬さんのかっこしてタービンズ率いてるアジーさんはみんなと結婚してるんですか???ってはなしにもなってこない???(こない)

あのあと認められたというならアッハイってかんじだけど、まったく匂わせもしていなかった情報を後だしされても困惑の極みでしかない。

そうそうそのマクギリスなんだけどさ~~~彼って一期のときあんなキャラだったっけ???目的を果たすために危険因子を入念に排除して何手先まで理詰めしていくタイプのキャラだと思ってたのわたしだけ????

バエルっていったいなんだったんだろう。バエルとかアグニカとかあんなに口にするからなんらかの特別なすごい力があるんじゃないかって思うじゃん。バエルを動かせたのわたしだけ、って言ってたけどそれGHでは忌むべき阿頼耶識つけたからそりゃ…象徴を手に入れてバエルの威光だけで押し切ろうとしてたなんて冗談きついわ~~~~~でも悲しいよね。本当にこどもみたいだもん。いや、わかるんだ。マッキーの言ってること自体はわからないわけじゃない。かたちのあるものや目にみえてわかるものだけ(力の強さとか)を正しいと思う、それだけが信じられるってこととか、誰にでも平等に権利が与えられる世界っていうのもわかるんだけどさ…だけどマッキーがやったのは革命じゃなくて革命ごっこなんだ。怒りによってのみ突き動かされる信念って激しいけどただそれだけなんじゃないかって思う。感情や力(べつの側面からすると暴力)だけじゃ世の中変わらない。知ってた。

でもマクギリスのこときらいになれないし石動さんのこと愚かだなんて思えない。持っている者は持っていない者のことはやっぱりわからないんじゃないかなって。アインはちがったぞって言いたいんだろうけど、そもそもガエリオさんそういう階級の出身者アインくらいしかよく知らないでしょう。たまたま出会ったアイン、そのアインもたまたま上官がクランクニ尉のようなひとだったからあんなふうに生きたけど、ちがったらそれこそマクギリス革命軍にいたかもしれないし、じぶんが知っているものがそうだからすべてがそうだというわけではないと思う。それでもこのあたりは出会いもすべてそのひと、そのひとの生き方次第、というかんじなのかな。だけど確実に搾取される層っていうのは存在していて、その目線で物語を観ているわけだからやっぱガエリオまぶしすぎる…正しすぎてつらい。

尊ぶべき感情を説いていた彼は誰より主人公らしいし、すこし前のアニメなら当然主人公に据えられてたと思うんだけど、それだけでもまたこの世を渡っていけないのが事実だったりする面もあるので、生き方それぞれ正解はないのでは、と多面性を見せてくれる群像劇らしいところはすきだった。

 ラスタルジュリエッタに関しては必要なことをあたりまえにやっただけ、って認識なんだけど、もうすこしラスタルおじさんの内面を最初から小出しにしてくれればここまでストレス溜めることなかったんじゃないかなあ。あえてそうしていたのかなあ。なにを言おうと、勝ったほうが正義でしかないからもういいけど、ダインスレイヴ乱発はどうかと思うよ!濁の部分があまりにもきれいに隠遁されすぎじゃないかとは思うよ!ただクーデリアや残った鉄華団もそれはおなじなんだろうし、現実世界に於いても非常によくあることとして理解している。

 これどうすんの!畳めるの?ばかなの?(小声)ってなったことも道中ではかなりあるし、手放しで最高の作品だよ、とはもう言えないんだけど、すごい作品だったしいい作品だということは確かなんじゃないかと。ただもう夢も希望もあったもんじゃねえな!二次元ってなに?ってくらい現実的な作品で、今の世の中に置き換えても「ああ…」ってなることも多くてしんどかったな。現実はなかなか救済がないから二次に夢を見たいし力をもらいたいんだけどね。エンタメにむかって現実ってこんなもんだよね、ってつぶやくのってなんだかむなしいじゃない。

オルフェンズが言いたいことってなんだったんだろうね。思い浮かぶことって言ったら

・利用される人間よりも利用する人間たれ

・そのためには夢や理想よりも現実を語れ

・現実を語るにはそれなりの、しかも極端に偏りのない勉学と知識が必要である

・清濁を併せ飲むことが社会で成功する第一歩

とかなんだけど。うん、まあそれもそうなんだろうけどさ。なんかね。