舞い散る日々のなかで踊れ

二次元とジャニーズを主食に生きてる。

君去りし平成のおわり。

ゆるやかに、だけど確実に変わっていくものがあることにずっと気がつきながら、見ないふりをしていた。そういうふりをしているうちにそれが現実なのだと思い込んで、いつのまにかそれは永続的とすら思える現実になった。だから突如として途絶えることに混乱してひどく動揺する。ぜったいにちがう、そんなものはない、と知っていたはずなのに、いつもその錯覚と冷や水をかぶるような目覚めとをくりかえしてばかりいる。

わたしのジャニーズの原点は正確に言えば光一くんからはじまっているけれど、今井翼くんであり、怪談トリオです。あの黄金期です。だからといって現在担当しているわけでもないので、こういうことがあったときに部外者があまり書くべきではないのだろうと思いつつ、あまりにさみしくてブログを開きました。

小学生のころ、決まりごとのようにおおよそみんながジャニーズを好きな時期があって、わたしもそうだった。あのときは途中で離れてしまったものの、いい大人になってから重々しさを携えたキモオタになって沼に足を踏み入れたジャニーズ界隈。もういなくなってしまった子もたくさんいたし、落ちた先は知らない子ばかりだったけれど、タッキーも翼くんも、すばるくんも、そして斗真や山P、風間くん…みんなみんな変わらずそこにいた。

そのころ、まわりが結婚して出産して家庭を築いていくなかで、新しい仕事をはじめて今も続けている。持病を抱えたこともあって出産がほぼ望めないので、そんなの申し訳ないし結婚もやっぱり微妙だよなあと人生の選択からそれらを外しかけているわたしは、このさきなんとかひとりで生きていけるようにしっかりがんばらないと、と思っていた。変わらずにそこにいた彼らは、ずっと最前線を走っていて、同世代のわたしにとって希望の光、というか、「ああみんなまだトップスピードで走ってる、わたしもまだまだ終わりじゃない、ぜんぜん走れる」と勝手に同志感を抱き、励まされ、勇気づけられていた。

仕事の種類も環境も大きさもまったく違うけれど、仕事に楽しさやつらさを感じる行為じたいはきっとおなじくある。程度のちがいは天地ほどあるとして。悩んで試行錯誤してどうしていいかわからなくなって行って戻って突破して、だけどまた新しい局面で振り出してくりかえし…そうやって少しずつ前に進む。それぞれの戦いがある。見えているものや知っていることは一部のごくわずかでしかないので、そのごくわずかの部分から穴をのぞくようにして、そうところもたぶんあるよなって想像している。画面に映らないところでの、彼らにしか知りえないプライベートな人生まで消費される過酷さはわたしにはわからないし、アイドルである彼らを求めれば求めるほど、人生の一般的なイベント(この時代においてそんな指標があるのかは疑問だけれど)を放り出させてしまうことの重大さや、大勢をしあわせにする仕事の偉大さを鑑みると、おなじと言い切るにはおそれ多いけれど、それでも伝わってくるときがある。みんないつか終わる人生の旅を、幾山河越え続けているひとりなのだということがくっきりと浮かんでくるときがたしかにある。

KAT-TUNの「薫」のMVを観たときに、自分の叶わなかった夢や、幼いころに描いていたなりたかった職業のことを想った。むかし想像していたじぶんと、今のじぶんはまったくちがうところに立っていて、頭の片隅にかけらすらなかった職に就いている。それって、アイドルのみんなも実はそうで、彼らはキラキラした世界で憧れを集めつづける仕事をしているけれど、ちいさいころの夢が叶っていないってこともあるんだよな、と感じてはっとした。芸能人はなりたくてなれるものでもないし、だからこそ夢見るひとってたくさんいる。そんな世界で活躍して輝いている彼らのことをなんとなく「全能者」や「成功者」として見てしまうところがある。だけど、その「誰かが夢見ても叶わなかった世界で成功している彼らも夢見たことが叶っていない」かもしれないと考えたとき、ああ、おなじ人間なんだと思った。夢見た場所とちがっても、セーブポイントなんてあるわけないから戻ることもやりなおすこともできずに、今立っている場所で必死に生きることそのものは一緒なのだとまた強さをもらったし、みんなアイドルでいてくれてありがとうって思った。

だからこそ、ずっとそこにあるにちがいないと錯覚すら覚えるほど走り続けていた同世代の彼らが、ずっとおなじ場所にはいられなくて、なにひとつ例外なくものごとは変わっていくという事実と、かならず訪れる人生の転機を体現しはじめている今、襟を正されているような気持ちにもなるし、わたし自身もやりたいとかこうありたいとかぼんやり考えていたけれど、とくに手をつけないままここまで来てしまったことがらについて、とりかかるなり落とし前つけるなりするべきなんじゃないかとも思った。残り時間は意外にすくない。すばるくんも言っていたね、会見のとき。

みずから決めること、みずから動くこと、外側からやってきた変化を受け止めて、それでも続けること、内側にあるものと闘うために歩速をゆるめること。選択肢はいろいろあって正誤はない。ときに信仰心が通うほどのアイドルでありながら、それぞれのやりかたで、思考で、苦悩しつつも選んでいくそのとほうもない人間らしさを垣間見るとき、わたしはまた背中をはげしく押され、駆け出したい気持ちが加速する(そういう気分のとき脳内で流れるBGMはジャニーズではなくフジファブリック「夜明けのBEAT」だ。どうでもいい)。

それでもさみしい。やっぱり。出会いがしらのストレート的衝撃っていうより、ボディーブローみたいにじんわりくる。じくじく効いてくる。ああ、でもみんながみんな選んだ先がしあわせであってほしい。いや、お前誰だよって思う。だけどなんだか、そういうふうに思わずにはいられない。

部屋に貼っていた、イエローをバックに並んでいる怪談トリオのポスターの顔、今でも覚えています。家族に「誰かボーダーの服着てなかった?」って言われて、ああ、そうだったなって。たくさんあったけれど、あれだけはなぜかずっと鮮明に。