舞い散る日々のなかで踊れ

二次元とジャニーズを主食に生きてる。

おたく的備忘録①フェイバリットマンガオブザイヤー2017

すこし早いけれど、わたしの今年のおたく記録。題して「このまんががすき!2017わたし編」

あいかわらず書店員をしている。去年もこのエントリーで散々書いたから割愛するけれど、今年もさらに下降を辿る出版業界…でもいい作品はいろいろあったよ!ってことで今年も書いている。流行だとかおすすめだとかっていうより、個人的な嗜好に基づいて感想を思いつくままに述べる。

仕事がしんどい、逃げたいなどと毎度のたまわってネガティブをブログ上に吐き出しているだめな奴だけれど、書籍やコミックから逃げたいと思ったことはないし、嫌いになったこともない。なにがいけないか、なにが悪いかっていうのはわかっているんだけど、それを書きだすと自分への呪詛がすごいことになると安易に想像できたのでやめよう☆ただ、ひとつだけ言えることは、今年を振り返って「この時期がしんどかった」とかはあっても、どういう日々だったかほとんど忘れている。これが成長できない原因だなって呆れるけれど、逆になんとか前進できる要因でもある。

万一書店員をやってみたい方が読んでいたとして「しんどいんだ…逃げたくなるくらいなんだ…」って引いていたとしたら、それはちがうよ!本が好きなら楽しいと思う!ま、労働と対価とかそういう話には責任持てないけど…w

ふぇえ…おちんぎんもっとほしいよお…

毎度のごとく順位とかはなくジャンルごとに羅列。ジャンルはざっくり掲載誌に準拠しています。あと最後のほうにちょろっとアニメのことも書いています。

 少年マンガ

 憂国のモリアーティ【~4巻】

憂国のモリアーティ 1 (ジャンプコミックス)

憂国のモリアーティ 1 (ジャンプコミックス)

 

 作者にコナン・ドイルってあるとおり、「シャーロック・ホームズ」に出てくるらしいホームズの宿敵モリアーティ教授(知らなかった)を主人公にした作品。絵がきれいだったのと、裏のあらすじを読んでおもしろそうだったので3巻発売時にまとめて購入。舞台としては「黒執事」とおなじ1800年代後半。階級制度が敷かれた身分差の激しい大英帝国にはびこる「悪しき貴族」を排し、理想の国にするために完全犯罪を計画し遂行していくモリアーティ教授御一行。ちなみにモリアーティとその弟は貴族として生きているけれど、生い立ちとしては貴族ではないのよね。ときとして人殺しも厭わない彼らもまた「悪」でもあるけれど「正義」であることにも変わりがない。ダーティヒーローっていうのは、こう…その…だいたい最終的な局面でどうなるかっていうのがわりと想像できるので肩入れするとわりときついかなって…オルフェンズ*1で学んだ!でもこういう雰囲気やにおいすき…ホームズ通ってきてないからモリアーティ教授が本当のところどうなのかはわからないごめん。もちろんホームズとワトソン君も出てくる。

  ▽ROBOT×LASERBEAM【~2巻】

ROBOT×LASERBEAM 1 (ジャンプコミックス)

ROBOT×LASERBEAM 1 (ジャンプコミックス)

 

 ここ数年のわたしのど真ん中作品である「黒子のバスケ」の作者藤巻先生の新作。でもゴルフ知らない…ごめん。決まった回数よりもより少ない回数でボールをいれると良い、とかホールインワン知ってるくらいの知識…ゴルフ知らないので1巻出たときに買うか迷った。「3月のライオン」を迷ったときと同じ現象…個人的な傾向として、作家買いをしたくともどちらかと言えば内容を重視してしまうので、全然詳しくない分野だと読みこなせるかな…と考えてしまうところもある。が、読ませる展開はきちんとあるし、キャラメイクもあいかわらずいいなあと思いながら今のところは楽しんで読んでいる。三浦鷹山というライバルポジションのキャラは初見で「あおm…」ってなったけど。ただ、どうだろう。ゴルフダイジェストで連載中の「オーイ!とんぼ」や、青年誌の作品とはちがい、まったく存在しないわけじゃないけれど少年誌でゴルフというのはいささか…ってかんじもするし、能力系だとすると黒バスの焼き直しにもなりかねない厳しさはありそう。キャラありきだと女性には人気でやすいけどね…本誌を読んでいないので先行きがわからないけれど、コミックスは売れているほうだとは思う。12月に新刊でるよ!

 ▽ランウェイで笑って【~2巻】 

ランウェイで笑って(1) (週刊少年マガジンコミックス)

ランウェイで笑って(1) (週刊少年マガジンコミックス)

 

 158㎝だけどパリコレを目指すモデル志望の女の子と、デザイナーになりたいけれど家庭の事情でその夢をしまおうとしていた男の子が、全力で駆けだす物語。努力でどうにもならない部分があること、才能が現実に押し流されてしまうこと、人生にはそうやって選択できないことが往々にしてある。無理、無謀、現実を見ろなんて世の中にあふれているし、実際だいたいが悲しいかなそういうものなのだけれど、それでも全力で走るひとがすきだ。マンガ的?そうかもしれない。現実にはありえないかもしれない。少年マンガだから逆転があるかもなんてたしかにマンガでしか為せない。だけど現実的に無理だから、と走り出す前から足を止めたら「かも」にさえ辿りつけない。逆転があってもいいと思う、それはマンガだから。だけどなにより、結果がどうであれ、その力強い可能性の連鎖がみたいんだわたしは。

もしかしたら、それを見ているまわりのひとはしんどいかも。でもそういうふうに生きてきた、と言い切ることができるひとをわたしは愛しく思う。

スタート地点に持っていくまでの不可能を可能にしたからといって成功するかはまたべつの話なのだろうけれど。

 表紙がほんとうにきれい。これから作中に登場するであろうコレクションで発表される服も楽しみ。

  舞妓さんちのまかないさん【~3巻】

 去年の暮れ、キスマイが表紙を飾ったので購入したサンデーに第1回が掲載されていた。気に入って続きが気になっていたので購入してみたらやっぱりすきだった。舞妓さんになりたくて京都へ来て置屋に入ったものの、才能の面から舞妓にはなれないと言われたキヨちゃんがひょんなことからそこでまかないさんとして働いて、舞妓さんたちのごはんを作っている。やっぱりごはんはいい。ごはんを通して描かれる日々の営みはたいせつ。舞妓さん(花街では舞妓ちゃんと呼ぶみたい)もふつうの女の子だったり、あまり知ることのできない花街のちょっとした情報がわかるのもおもしろい。まえにおもしろそうだなあと眺めていた「ちろり」の作者さんってあとから知って、がぜんそちらも読む気になっている。

青年・一般マンガ編

  ▽とんがり帽子のアトリエ【~2巻】

 最高。順位がないと言いつつ「わたし編」第一位かも。「俺TUEEEEEEE」な転生とか、オンラインゲームを主軸としたファンタジーが流行していた昨今に於いて、それらとは一線を画す超正統派のファンタジー。魔法が人々の生活に根付いている世界で、魔法に憧れる主人公ココはふつうの女の子なので魔法使いにはなれない。だけどたまたま魔法使いキーフリーの魔法のかけ方をのぞき見したことから、幼いころにお祭りで露天の魔法使いから買った道具で魔法を使えることを知る。純粋な憧憬と感動で習得をはじめるココ。けれどそれが思わぬ方向へ事態を動かし、ココはキーフリーに弟子入りすることになる…があらすじ。

某読書アプリにも書いたんだけど、まず作画がすごい!!繊細で大胆な線に愛や夢、ぬくもりが詰まっていて読んでいるとわくわくして、こどものころにそういう気持ちで読んだ絵本のことを思い出す。作中に登場する魔法の道具が素敵すぎるし、「魔法はひとびとを幸せにするもの」であるべきなのがいい。キーフリー先生の他の3人の弟子(魔法使い。みんなキャラがすてき)とともに魔法使いとして成長していく過程を描きつつ、実はココに道具を売った魔法使いはハリーポッターで言うところの「闇の魔法使い」のような存在で、ココを依り代になにかを企んでいるストーリーが並行していて、今いちばん続きが気になる作品。グルメマンガではなくごはんが美味しそうなマンガは名作、と思っているし、けっこうそう言われていると思うけれど、2巻に料理シーンが登場してとても美味しそうな料理が描かれたのでその点からしてももうまちがいない。現状でも相当売れてるけど来年もこういう質の高いマンガにはさらに注目が集まってほしい。

  ▽燕のはさみ【~1巻】

燕のはさみ 1巻 (ハルタコミックス)

燕のはさみ 1巻 (ハルタコミックス)

 

 ここに貼りつけた画像では表紙のイラストの美しい色彩が表現しきれていなくてかなしい…大正時代、モボモガが闊歩する銀座でこじんまりとした理髪店を営む父親とその娘燕のお仕事マンガ。お仕事というか理髪師は職人なので職人マンガ。まず過剰とも言える大正のモダンな文化、空気が好きなひとにはたまらん作品だと思う(わたしだ)

技術を極めるというのは職人としてなによりたいせつなことで、その腕ですべてを為し得ていくには鍛練の積み重ね、そしておそらくそれに対する「愛」「懸ける」という気持ちなんだけど、理髪師という職はなにより相手あってのこと。そこには技術だけでなく「接客術」も大事な要素だったりする。細やかな気くばりや愛嬌、会話、触れ方、雰囲気や空間づくり…顧客がなにを重視し、なにを思い店やひと(ここでは理髪師)を選ぶのかというのは現代にも通じるのでは。そしてやっぱり全力でなにかに懸けて強く進むひとがすき。ジャニヲタにもおなじみ帝国劇場(当時)が作中に登場もします。

   ▽昴とスーさん【~1巻】

昴とスーさん 1巻 (HARTA COMIX)

昴とスーさん 1巻 (HARTA COMIX)

 

 ハルタミックスばっかりでごめん。とんがり帽子の白浜先生もハルタで描かれていた方だった。ハルタは良作多いからしかたがない。表紙をみるとこどもとぼしき男の子がなんと煙草を吸っています。あれ…これすてきなオネショタっぽいけどなんで…!?と思ったのだけれど実際はすこしちがう。これはSF(すこしふしぎ)なジャンルだと思うので、ここで種あかしをしてしまうのもあれだし、気になったかたは是非読んでほしい。作中に流れている空気感の純度が高くてすごく素敵なのです…ふたりのあいだに起こっていることは非日常だけれど、その純度の中で営まれるふたりの日常がまた良い。

あ、ハルタといえばたしか来年のハクメイとミコチ」(樫木祐人のアニメ化たのしみ。

  ▽姉なるもの【~2巻】

急に異色感があるけれど、今年のわたしには私の少年」(高野ひと深/双葉社アクションコミックスの影響で人生はじめてのオネショタブームが到来。

クトゥルフ神話にも詳しくないし、だから「千の仔孕む森の黒山羊」がどういう存在なのかも知らなかったし、作者の方が即売会で頒布されていた元々の作品も存じ上げなかったです。だけど、これよく売れるなーってぱらぱら見て、良さげだったので購入。家族がいない夕くんという少年が、引き取られているおじさんの家の蔵で夏休みに表紙のお姉さん(悪魔)を召喚しちゃったら、大事なものと引き換えに望むままを与えましょう、と。それで夕くんは「僕のお姉ちゃんに、家族になってください」と願うことから入院中のおじさんの家でふたりきりの生活がはじまるわけだけれど、このお姉ちゃん(千夜と本人が命名)かわいすぎます!!!人間的な生活を人間と送り、新しい世界に目を輝かせながら夕くんを可愛がる千夜さん。ことあるごとに元の姿が出ちゃうけどそれもまたご愛嬌。夕くんのモノローグで語る部分やなぜ蔵に魔法陣があったのか、かつて同じように人間と過ごしたことがありそうな千夜さんの描写など、明かされていないことはまだあるけれど、おそらくいつかは終わりがくるであろうふたりの生活がまさに夏の儚さのようで切なくもある。

普段あまり読まない傾向の作品、レーベルなので、まさに電撃的な出会いでした♥

  ルポルタージュ【~3巻】

これはねえ、けっこうすごい作品だと思っている。

若者が恋愛をせずにマッチングサイトにおいて「人生の共同経営者」としての結婚相手を見つけることが主流になっている近未来の日本が舞台。恋愛を経ての結婚がスタンダードだと定義すると、孤独な男女が増える。恋愛というプロセスが果たして本当に良いものなのか?恋愛結婚がブームだった世代の夫婦だって不倫、不仲、DV、セックスレス…面倒や痛みをともなうそれって幸せなの?という新世代に「それなら恋愛飛ばして結婚しちゃおう」が一般化している。そんな共同経営者を見つけるための「非・恋愛コミューン」なシェアハウスでテロ(も日常化している)が起きたところから物語ははじまる。記者である主人公はその被害者たちのルポルタージュを書くための取材の中で恋に落ちる。いや、まずすごいなと思ったのは、2033年が舞台の設定なのだけれど、その頃にはまさにそんな時代になっていそうな気がすること。実際恋愛がめんどうだと思っている若者も多いのでは…

だけど恋に落ちるときというのはそういうすべての理屈を超えているので、一度はじまってしまえば止められるものでもないし、五感が震えるほどのしあわせと同時に痛みや悲しみ、自分の醜さを視ることにもなる。だけどそのぐちゃぐちゃなかんじがまさに生きているということでもある…濃く深くつながる、反発しては溶け合う、そういう生身のコミュニケーションを求めることは時代が変わっても人間が人間であるかぎり絶対になくならないし、どんなかたちにせよ、関係性を築くことでそこになにかしらの感情がごく自然に生まれてしまうことは否定できないのだ。

飛ばして結婚したけど恋人がいる、非恋愛のパートナーシップを前提としていたけど「抱きしめたい」と思う一瞬があった、そもそも恋がどんなものかわからない…いろいろなひと、いろいろな関係、いろいろな感情が出てきます。彼らの立っている時代背景もまた、このさき日本に訪れるかもしれない世相に感じて妙にリアリティがある。

  あげくの果てのカノン【~4巻】

 去年の「わたし編」第一位。SF×不倫マンガ。あらすじ含め去年も色々書いたので端的にまとめると

  • 主人公かのんは高校の時からずっと境先輩がすき
  • 境先輩は結婚している
  • 街はゼリーというエイリアンに襲われていて、境先輩はそれと戦う機関で活躍しているが、負傷するたびに「修繕」という修復によって記憶や嗜好、人格に影響が出る。
  • かのんがすきだった先輩はもうどこにもいないのにかのんは先輩がすき。じゃあすきってなんだ。どこから来るんだ。変わらない気持ちの根源はなんなのか?そもそもそんなもの存在するのか…

うーんあいかわらずぐさぐさ刺してくる。

去年以上に、この作品を読むともうなにがなんだか、どうしたらいいのかわからなくて発狂しそうになる。「すきってなに」とか「心変わり」とかそういう、答が出ないまま言葉の欠片だけが思考の海に沈みこむような問いへの誘いだけでなく、「先輩だけを追い続ける」視座で人生が進み、景色が完結していくかのんの世界に、かのんや先輩を取り巻くひとびとが映す世界が多角的に展開されることによって、その恋がいかに残酷で傲慢であるかということがありありと浮かび上がるからだ。その世界のみで閉じて生きてきたかのんがそれを垣間見てなにかを感じても、彼女はその純粋で透明な凶器であり狂気を捨てない。どうしたらいいんだわたしは。もう正直読むのしんどくなってきた。かのんの恋が近しい誰かだけではなく世界を壊していく。わかっていてもそれでもかのんはその一途な恋を捨てない。誰もが幸せでありたいと願う。誰もが好きなひとに選ばれたいと切に願う。現実がそれを許さなくても、感情は生き物だ。恋こそが人間が一番手懐けることができない感情なのだと思えてくる。

作品自体の露出(著名人のレビューなど)も多いし、米代先生も「セブンルール」に出演されていたけれど、弾けている層がかなり限定されているようなイメージなので、来年こそはもっともっと広がるといいなと願いつつ、刺さる層が鋭角なのかもしれないとも感じる。だめなひとは徹底的にだめだろうけれど、すきなひとには暴力的なまでに魅かれざるをえない作品だと思う。胸の真ん中の奥底のやわらかくて無防備で隠しておきたいところを、むきだしにしたうえでとんでもなく容赦なくぐちゃぐちゃに掴まれる気がしてもこの物語の果てを見るまで死ねないとすら思うわたしは、おそらくこの作品に憑りつかれている。とりあえず安易な実写化で消費されるなんてことにだけはなりませんように…夢でみたんだ。「あげくの果てのカノン」が実写化されるって。

  ▽もしもし、てるみです。【~1巻】

 「花のズボラ飯」の先生の新作。インスタ映えとかキラキラ女子とかそういう言葉が飛び交った2017年のネット社会に疲れてしまっているひとにぜひ。

ネットで簡単になんでもできちゃう、繋がれちゃうミライフォン(スマホのこと)に対抗して通話機能のみを搭載した携帯電話を販売する「もしもし堂」の販売員(てるみさん)、サポートセンターのおしゃべり好きなスタッフや、ユーザーを取り巻く日常まんが。ちょっとえっち♥な場面もあるけれど、時に刺さるセリフもある。

ネットは便利だしネットがないとやっぱり困るし現にわたしも今、ネット上でブログ書いてるんだけど、じぶんの頭や足で確かめなきゃいけないこともあるかもね。せっかく生きてるんだから五感をフルに活用したい所存。

 □少女マンガ編

 ▽僕のジョバンニ【~2巻】

僕のジョバンニ 1 (フラワーコミックスアルファ)

僕のジョバンニ 1 (フラワーコミックスアルファ)

 

 チェロの音っていいよね。

海のある街でチェロを弾く主人公と、海難事故によりその海辺へ流れ着いた少年。ふたりがチェリストになるまでのお話でしょうか。もしくはデュオとして。1巻時点で主人公鉄雄は小学生で、まわりにチェロを弾くような同級生はいなく、皆ゲームやらスポーツやらに勤しんでいる中、孤独に鍛練し東京のコンクールで賞をとるような少年であり、流れ着いた少年郁未(ハーフ)は投げ出された海で鉄雄のチェロの音に導かれるようにして奇跡的に浜に辿りついたという経緯がある。そんな経緯から、郁未は鉄雄の音に魅かれている。この街でひとりでチェロを弾く鉄雄の孤独に触れた郁未はあるとき、チェロを教えてくれ、と頼む。で、これがふたりの少年の今後を捻じ曲げる。音楽の才能というのはおそらく、技術だけではどうにもならないものがかならずあって、もうそれは生まれ持ったものでしかないむごさがつきまとうものでもある。かといってそれがある者がその道に進むとも限らず、関係のない場所で一生を終えることもあるだろうけれど、なんらかのトリガーによってそれが解放されたとき、それまでの環境も人間関係も根底から覆すようなつよさがあるんだろうな…圧倒的に無邪気で無慈悲な才能を前にして、じぶんが戦う武器はなにか。生きる道は。そこにたどりつくこともまた才能のひとつなのではないかと思う。そしていつかふたりの音が共鳴したとき、みたことのない世界が広がるのではないだろうか。

 

 以上12作品。若い作品を中心にしたけれど、あいかわらず続刊が良かった作品もいろいろあった!こう、並べてみるとけっこう偏っているというか、似たようなものあげている気がするな。もともとなのかもしれないし、今年の気分がこうだったのかもしれない。

いろいろなマンガが毎日毎日出るんだけど、というか出過ぎ問題なんだけども、ジャンルもレーベルも多岐に渡るなかでこうやってピンポイント的に「すきだ!」と思えるあたらしいものと出会えるのはやっぱりいいなって思います。マンガが好きなひとはたくさんいるだろうから、みなさんそれぞれがそんなふうに出会えるポイントを来年もがんばって攻めて守って作っていこうと思っている次第です。まあ電子書籍でもいいんだけどさ…でもたくさん並べられたものから手に取って眺めて吟味して…っていうのもよきかなって。

 アニメのほうは大した活動していないので時系列順にさらっとまとめると

▽1月…遅ればせながらユーリ!!! on ICEをプライムで一気観してしんどすぎてしぬ。GWごろまで解釈沼にはまりすぎて深淵をさまよう。

▽3月…機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」2期がいろいろな意味でしんどすぎてしぬ。最近ニコニコにあがっていた「異世界オルガ」*2をたまたま見てしまった。笑った。ネタ化されているけれど本当のオルガは切実なのでよくよく考えるとなんか複雑。

▽3月…「劇場版 黒子のバスケ EXTRA GAME」を観に行き、完結を突きつけられてしぬ。内容としてはコミックで読んでいるので、キセキにおける展開がしんどいのはわかっていたことだけれど、藤巻先生より追加されたオリジナルエピソードがまさかの結末。本当に終わっちゃった。

▽4月~6月…実生活の不調によりあまり記憶がない。なにがアニメ化してたっけ?あーけもフレの大爆発がこのクールかな。観てないですけど、歌はすごく好きだった(ありがちなにわか)

▽7月…「活撃 刀剣乱舞の作画にびびる。映画かよ…ufotable賭ケグルイ大好きだから観たかった。ボールルームへようこそも観たかった。縁あって最近コラボカフェに行ったらやっぱり観たくなった。気になるのいろいろあったのに屍化。

▽9月…突然「劇場版マクロスFイツワリノウタヒメ~」「同~サヨナラノツバサ~」を観返し、シェリルの歌で息を吹き返す。シェリルさんかっこいい…「どうせ死ぬなら舞台のうえよ!」抱いて…

オベリスクがすごく好き。「あと1秒生きるために 魂の背中押せ」のワンフレーズにこれまでどれだけ救われてきたかわからない。今回もだ。

▽10月…3月のライオン」2期、毎週泣きそう。そういや13巻よかったなあ。二海堂くんの力強い命のきらめき…きらめくからこそそこに落ちる影…生きてる、ってかんじで…

だいたいしんでてめんどくさいやつ。ポジティブに捉えるとしたら、それくらいダメージを受ける作品と出会うべくして出会ってるかんじかなあ。今期観るアニメは何本…って見方をやめたので、すっごい鋭角だけど必要なものにしぼってるんだと考えよう。

 来年の情報もいろいろと出てきて、アニメの界隈において気になるのはやはり過去の名作の再アニメ化だったり、初のアニメ化だったり。最遊記とかグルグルが決まった頃に、「いや、これ封神演義とか幽白とかの再アニメ化来ちゃうんじゃないのwそしたらしんじゃう世代が出る」とか笑ってたらほんとに封神演義来てしまった。わたしは幽白もあるんじゃないかって思ってるんだけどね。過去の名作にスポットが当たるのは、視聴率の良かった作品の続編を作るようなドラマ業界とおなじ理屈なのか、それとも今の技術でより世界観の表現をしたいという制作側の熱なのか、それとももっとおとなの事情なのかははかりかねますが、これだけアニメが乱立している昨今に於いて、結局本物だとか名作だとかそういうものしか生き残れないような時代になっているのかもね。とか書いていたら「BANANA FISH」までアニメ化するという。制作ラインナップからしてすでに新たな層への沼となる完璧な体制にも思えるけれど、そういうのは置いておいて、あの作品は時代にはまるんじゃないかなあ。

コミックもアニメも娯楽だから、気楽に楽しめるものであることも必要だけれど、カルチャーであり創作だからこそ、そこに文学性だとか精神性だとか社会性だとか思想だとか、そういうものを深く織り込んだ作品もたくさんあって(娯楽作品にそういうものがないと言っているわけではない)たとえばまんがといえば少女時代に読んだものしか知らなかったわたしの母親のようなひとが「3月のライオン」のアニメを観て深く感銘を受けるようなこともあったりするので、来年はよりそういう作品に浸かれたらな、とか考えている。他人(=作者)の想い、熱、思考を自由に受け止め、自由に考え、じぶんのなかに落とし込む。もしかしたらそれはじぶんのなにをも変えないかもしれないし、それにたいして傷ついたり否定的な考えを抱くかもしれないし、いつのまにか忘れ去ってしまうのかもしれない。けれどいつかそれをとりだしたり、はっとするときがきたり、あとあとじんわりと広がりだしたりすることだってあるかもしれない。表現することは自由であると同時に、どう考え、どう受け止めるかも自由だ。そしてそれを止めることなく考えつづけなきゃ、と最近よく思う。情報と消費のスピードが早い時代。だけれども消費されるというステージに乗らなければ勝負することもなかなかかなわない時代で、そんなふうに胸を揺さぶり、考えること、想うことを与えてくれる作品をわたしはいつだって探している。待っている。